2006年11月4日土曜日

ジョン・レノン イマジン


トリノ・オリンピックの開幕式の時にも同じようなことを書いた。

オノ・ヨーコのやっていることが気に入らないというような内容である。

それに輪をかけてジョン・レノンの遺志を受け継ぐどころか泥を塗りたくるようなこととをしていて平気な連中がいる。

もう20年以上も前のことになる。自分がラジオ番組の構成作家をしていたころの話である。

番組の構成のミーティングの席上で、ほぼ同い年のディレクター兼プロデューサー(女)に「かまたさん ジョン・レノンのファンじゃないですか?今度の番組でコーナーでレノンの特集をやりましょうよ」とか言われて、いろいろ考えてから「イマジン」のアルバム全曲をただ流すだけといった構成を考えて提出した。

それが一番だと思ったからだ。

ところがすぐに内容に文句が出た。なんでもそういう場合には事前にオノ・ヨーコの承諾が必要になるというのだ。レコード会社からのではない。なんでもオノ・ヨーコの事務所というかエージェントオフィスが日本にあって、テレビはもちろん、ラジオでもなんでも「ジョン・レノンの番組」を作る場合は、事前に内容を企画書としてまとめて審査を受けなければならないという「きまり事」になっているというのだ。

原稿に文句が来たのだ。自分の書いた予定稿である。大したことではない。

このアルバムが製作されたころのジョンレノンを取り巻く状況みたいなものを箇条書きにしただけのものである。

ところがそれがよくなかったらしい。

プロとしては恥ずべきことなので黙っていればいいのだろうが、自分は何が良くないのかを第三者経由で確認しようとしてその返答を待ったのである。

しかし帰ってきたのはその質問に対する返答ではなく、「かわりにこれを読め」という差し替えの原稿であった。

それには、ジョンがいかに平和を愛していて、ああだったこうだったというような紋切り型のセリフばかりを並べ連ねてあった。

恥ずかしくてそんなものをリスナーに向けては送れない。何故かと言うとその中にはいくつもの「嘘」があったからだ。

「もうこうなると一種の神話づくりのお手伝いをさせられているみたいだねぇ」といったような文句をミキサーあたりのスタッフと言い合った記憶がある。

最近の新しいジョン・レノンのファンとジョン・レノンについて語るとものすごい温度差を感じることがある。

自分が知っていて、当時誰もが知っていたことを知らない新しいファンが異様に多いのだ。

それだけではない。同年代の当時のレノンのファンだった人間でさえ「そうだったっけ?」なんてことを言ったりする。

これに関しては、どこかで誰かが「情報のすり替え」を行なっているのではないかと疑ったりしている。

ショーン・レノンの出生のことだ。

単純にショーン・レノンをジョンの息子だと思っているひとが結構多いので驚かされるのである。

そんな簡単な話ではないのだ。これ以上はここでは書かないが。


さて、話は変わる。今年もジョン・レノンの名前の冠されたイベントが世界中で行なわれる。そのことに文句を言ってみてもしかたがない。興味のある人が参加するなりなんなりすればいい。

ただし、ファンだからといってそういうイベントに参加しなければならないという義務があるわけではない。

特にここ数年は「果たしてこれはジョン・レノンの意思に基づいているといえるのだろうか?」と首を傾げたくなるようなイベントや印刷物やら音楽ソフトが次から次に出ている。

「何故リバプールとかニューヨークでなくて埼玉にレノン博物館を?」

この質問に真面目に答えてくれる関係者はひとりもいない。

「イマジンの最初の部分はもともと私が最初に考えたもの」というオノ・ヨーコの発言はどれだけの数のレノン=ファンの心を傷つけたのか、彼女は考えたことなどあるまい。

だからといってレノンのファンがそのままオノ・ヨーコのファンになるわけではない。

逆だ。知りたくもない舞台裏を無理矢理覗かされて失望してレノンのファンであるところから離れていった人間の数のほうが多いはずだ。

あの詞はジョン・レノンのものだからこそ意味を持ち今なお光輝くのだ。多くの人に愛されているのだ。

自分は、オノ・ヨーコがこの詞を考えたというのは一種の嘘だと確信している。

でなければなんでオノ・ヨーコはイマジンという曲が演奏された直後に「天国にいるジョン」なんて呼びかけをするのかだ。

取りようによってはギャグともいえるが、そうでなければ切なくなるくらいの裏切り行為である。

ジョン・レノンに対する裏切りでありこの「イマジン」という曲に対する裏切り行為である。

最近もまたオノ・ヨーコはとんでもないことを言って世間の避難を浴びている。例の「私はかつて世界中の人たちからいじめられていた」発言である。

当人がどう感じたかは知らないが、あれはいじめたのではない。オノ・ヨーコの発言に対してクレームをつけただけだ。オノ・ヨーコがどう考えても事実とは異なった発言を繰り返していたからだ。

世界中のビートルズファンがそれに文句を言ったのだ。英語が不自由だったという言い訳はなしである。

あれと今のイジメの問題を一緒くたにして語る方がどうかしている。

でさて、自分はその問題の番組をスタッフとしては聞くことはなかった。それに関しては別のところでも書いたのでここでは省略する。

数年前、たまたまラジオをつけていたら昔の知り合いのDJがジョン・レノンの「イマジン」を流したあとに「いゃぁ~、ジョンの歌にあるメッセージはどれもこれもすばらしいですねぇ~・・・特にこういう曲はいつまでも大切にしたいですねぇ・・・」なんてことを言っていて、聞いていた自分は思わず笑ってしまった。

彼がいわゆる「波動信者」だということを知っていたからだ。

オフでは、真面目な顔をして「死後の世界」だとか「輪廻転生」だとか「高次元」だとかを語っているような人物だということを知っていたからである。

そういえば、オノ・ヨーコは最近あの「水からのメッセージ」という疑似科学本(出版元が『波動研究社』!)のことを褒めるような発言をしていた。

ジョン・レノンのメッセージを大切にしていると標榜している人間の破綻ぶりは、ジョンのもっとも身近にいた人間のそれと相似しているという見本である。

そもそも、「イマジン」という曲の「言葉性」は、「ゴッド」という曲のメッセージをさらに押し広げたものだ。「ゴッド」という曲なしには「イマジン」という曲は語れない。それだけ密接な関係にある。


神とは、痛み・悲しみを計るための概念でしかない


という「ゴッド」の出だしの一節を「波動の人たち」に向かって聞かせてやりたい。どう思っているのかを問い詰めたい。そんな気分である。

もちろんオノ・ヨーコに対しても。

(2006.11.04.15:05)
(追加して改題2005.10.13)
(初出2002.03.03『a day in the life  想像せよとジョンは言った』)

2006年10月18日水曜日

「トリフィドの夜 The Night of The Triffids」


こっちのブログでは珍しいことだが本業がらみの話になる。
というかこのブログ何故か業界関係者のリーダーが多いのでこっちにしたのだが。

SF小説の古典的名作「トリフィドの日」の続編が5年前の2001年に発表された。著者はもちろん「トリフィドの日」のジョン・ウィンダムではない。もう何十年も前に亡くなっている。

続編の著者はサイモン・クラークという人。ジョン・ウィンダムの遺族公認の正統的続編だという触れ込みである。

タイトルは「ナイト・オブ・ザ・トリフィド - トリフィドの夜」である。
これはゾンビ映画の「ナイト・オブ・リビングデッド」の正統続編が「デイ・オブ・リビングデッド」なのと同じセンスだな。


翻訳本が出たら多少高くても買って読もうとしていたのだがなかなか出版されない。
SFの世界でこういうことは別に珍しいことではないのだが、名作「トリフィドの日」の続編だからそんなことはないだろうとタカをくくっていたのだが、2006年10月現在出版されていない。
噂ではあるが、ある出版社が翻訳権を買って塩漬けにしたままだという話である。もし事実ならこういう生産性のないことは止めにしてほしいところだ。

それで待ちきれなくなって原作のペーパーバック版を入手して読んで見た。
そんなに難しい内容ではないのでなんとかなるだろうと甘く考えていたのだが、結局1ヶ月ぐらいかかってしまったが。随分と時間をくってしまった。

本来ならば、普通に英語が読めるという人のペースなら半日(12時間)もかからないような文章量だ。
一日一時間づつ読んだとしても約2週間くらいか。


なんでそんなに時間がかかったかというと、そもそも小説をきっちりと翻訳できるだけの英語能力がないというということもあるのだが、「仕事モード」で読み出したものだから、最初は読めない単語や文節だけを、辞書を引く代わりにテキスト打ちしてから自動翻訳したりして読んでいたのだが、いちいち対訳をつけるのが面倒になって前半分は全部リライトしてしまったのだ。

馬鹿か、そんなことをしても誰も褒めてはくれないだろうに。

いやこれは一種の意地みたいなものだ。

流石に途中で面倒になって後半部分は翻訳文だけになってしまったが、
しかし、日本語訳はすべて打ってしまっていた。(途中抜かした文章もある)


でその内容だが、オリジナル(トリフィドの日)ほどではないがまあまあの内容である…と思う。
なにせ英語の小説を云々できるほど原書で小説は読んではいないのでまあ大きなことはいえない。

続編の主人公が原作(第一作)の主人公の息子という設定なのが少し残念だが、それでも原作で解決しないままだった問題をうまく持ち出して来て、二十数年時間が経ったという設定が無駄ではないな、という内容ではあった。

無論、あのときと今では「アメリカ」の存在意義自体が違うわけで、小説の中でのアメリカ合衆国の進化ぶりが現実のアメリカのある種の平行進化というか「もしもの世界」になっているのが興味深い。

当たり前のことかもしれないが、ジョージ・オーウェルの「1984」よりもむしろリアリティという点ではこっちの方が上かもしれない。

何故「当たり前」かというと、もちろん一種の「後だしジャンケン」みたいなものだからだ。
小説にしろ映画にしろ、後から作ったり書いたほうがリアリティという点では勝るものがあるのは当たり前という意味での「あたり前」である。他意はない。

1980年代という設定なのでテレビ的なものは存在するが、まだインターネット、その他PC関係のものが登場しないというのもこの小説が上手くまとめられることが出来たひとつの要因であろう。

なんにしてもこういう良質な小説は一刻もはやく日本でも出版されてほしいものだと思う。

もし適当な翻訳者がいなくて困っているという理由で出版をためらっているのであれば出版社の方、すぐにご連絡ください。日本語打ちしたテキストならすぐに(もちろん無料で)お送りいたします。
小説としての完成度は随分と低いですが、叩き台としてならば充分に使えるレベルにはなっておりますので。もちろん翻訳権を持っているという確かな証明があっての話ですけどね。




順番は逆になったが、第一作の「トリフィドの日」の方について触れておく。でないとわからないという人は多そうだ。

「トリフィドの日(デイ・オブ・ザ・トリフィズ 『トリフィド時代』と訳されたこともある)」は1953年発表のジョン・ウィンダムによるSFの古典的名作小説。

トリフィドというのは三本足で歩行するという食肉性の植物である。東南アジアで発見され、品種改良されてまたたくまに世界中に広がってしまった。

このトリフィド、先端に猛毒を噴出する液胞のある棘鞭のような触手を持っていて、それを小動物をピシャッと撃ちつけて動けなくしてから死ぬのをじっと待ち、腐肉を毟り取るようにして貪り喰うというとんでもない奴なのだ。しかもどうやら原始的な知覚があるらしく、人間の「目」を正確に狙って鞭を打ち付けてきたり、音を出して仲間同士コミュニケーションを取って、組織的に人間を狩っていると思われるのだ。こんなのが本当にいたらイヤだろう。

なんでそんなものが世界中に広まったかというと、このトリフィドからは良質な油が採れるからである。石油の代替燃料として有望だというのでこぞってその種を植え付けたり、化学的に加工することでプラスティックの代替にも、ひょっとすると食用になるかもしれないと研究が進んだ。
それにその鞭のような触手も一度切ってしまえば何年かは生えて来ないので充分な管理さえしていれば安全だということで、品種改良したトリフィドを栽培する農園が世界中に広まったのだ。

さて、事件はそんな時代に起きた。謎の彗星群が地球に近づき何日かその天体ショーを世界中の人々が眺めた。ところがその彗星群を見た人が視力を失ってしまったのである。

この辺は科学的には弱いところだ。なんで彗星を見たくらいで視力を失ってしまうのかだ。
作者のウィンダム自身もそう考えていたらしく、小説の後半、終わり間際で別の可能性を示唆させている。それは彗星の正体が実は原子力機関を登載した人工衛星の爆発だとか生物兵器の可能性である。
まあそれでもリアリティはないけど。

もしこれが今現在であるのならば「視神経ガス」を使ったとかいくらでも考えられるところであろう。
まあこういうのを「後だしジャンケン」みたいだというのだが。

基、主人公ビル・メイソンは科学者(植物学者)であり、トリフィドの研究所に勤めている。
彼は実験の最中に誤って少量のトリフィドの毒液が目に入ってしまい、入院中であった。

それが原因で彼はその天体ショーをみることが出来なかったのだが、次の日の朝、包帯を取れるという日だというのに医者も看護婦も誰もこないので不審に思い、自分で勝手に包帯を取って病院内の異変に気がつく。
病院の中がもぬけの空になっていたからだ。
表に出ると街を歩いている人皆が盲人のように手探りでそろそろと歩き回っていたり地べたを這いずりまわっている。事情を聞こうとたまたま近くを歩いていた老人の近くに歩みよると、老人は白いステッキを振り回し「近寄るな!」と怒鳴り散らすのである。

老人に自分が目が見えるということをわかってもらい、老人との会話からやっとのことビルは昨夜彗星を見た人すべてが、なんだかの理由でみな視力を失ってしまったということを知る。

さあ、大変である。盲目状態の人を、今度は飼育されていたトリフィド達が襲いだすのである。
どこかの農園で野生状態のままで放置されていた鞭のあるトリフィドが柵を破って脱走したらしく、街のあちこちに隠れて人間が近づいてくるのをじっと待っていたりするのだ。

という出だしでこの「トリフィドの日」は始まる。

前半は読んでいて思わず身震いをしたり、ため息の出るような惨事の連続である。視力を失い自殺するもの、やけになって暴徒となって街中を破壊し強奪、婦女暴行の限りがあちこちで勃発している中、ビルはそれをやめさせる術もなくただ逃げまくる。

しかし、この小説が名作古典と呼ばれているのは単なるパニック物では終わらないところである。

極少数ながらもメイソンと同じように視力を失わないで済んだ者たちもいた。
彼らはそれぞれが己が信念で勝手にあたらしい「国家」を立ち上げてしまうのである。
あるものは「新封建主義」である。またある者は「軍政国家」を宣言する。「キリスト教」の国家も「共産主義」国家も、武器と暴力で全てを我が物にしようとする武装集団たちも登場する。
武装集団の中には、盲目の女性徒の寄宿舎に乗り込んで、彼女たちを拉致して自分たちの召使として使おうと不埒なことを企てるものも現れる。

このあたりがこの小説の肝で、下手な政治小説の何倍もの含蓄がある。

それだけではない。人類に対してさらに容赦のない災難が降り注ぐのだ。それは正体不明の熱病の蔓延である。既存のワクチン類がまったく効かないまま、多くの人間がバタバタと倒れてゆくのだ。

生きのびた人々もロンドンを捨てて遠くに逃げなければならなくなる。しかしそのあちこちには凶暴化し知能に目覚めたトリフィドが待ち構えているのだ。

ビルは幾つかの「国家」の間を行き来することになる。拉致誘拐されて盲目の民衆のための「奴隷」としてこきつかわれたり、逆に厚遇で迎え入れられたりする。何故なら今や数少なくなった目の見える「トリフィドの専門家」であるからだ。

最後、なんとか友人達が住む地方の大屋敷にたどり着き、そこで自給自足のできる安息の日を得たかのように見えた。が、そこにも軍政国家を名乗る集団の軍隊がやってくる。ビルはそこから秘密裏に仲間全員を引き連れて逃げる決意を固める・・・。


自分がこの小説をはじめて読んだのはたしか高校生のころだったと思う。多分に頭でっかちなところがあったためにだが、一方的にこの小説のテーマを理解したと思い込んでいてあたり構わず周りの皆に奨めまくった。今となっては恥ずかしいことだが。

何が恥ずかしいかというと自分はこの小説で語られている内容を一種のメタファーとしてのみ捉えていたからだ。

「猛毒を持ち、人間を襲うトリフィド」とは何か、「新しい国家」とは何か。

それらをメタファーとして捉えていい気になってこの小説について語っていたのだ。
ああ恥ずかしい。

もちろんそんな単純なものなわけがなく、この小説を冷静に見直せばそんな簡単なものではないことくらい今ではわかっているつもりだなのだが。

この「トリフィドの日」は1962年に映画化されている(邦題は「人類SOS」)のだが、映画のほうはそういう単なるパニック物になってしまっているのだなぁ。というか、この映画を見れると「デイ・オブ・ザ・リビングデッド」のネタ元がこの映画だということにすぐにピンとくるはずだ。ラストの燈台に逃げ込む周囲を無数のグチャグチャとしたトリフィドが取り囲むシーンなんか「ゾンビ」そのままだし。

 


(映画『人類SOS!』のオリジナルポスター ゾンビ映画に通じるセンスが感じられる)


そして、1981年、イギリスでこの「トリフィドの日」がテレビドラマになった。
それを新聞のコラムかなにかで知り、そのときにももう一度この小説を読み返して「ああドラマ見たいなぁ・・・」とか思ったことがあった。映画よりも原作のテイストが生かされていると書いてあったからだ。

というか「自分ならこう作るのだが」とかかなり生意気なことも考えていた。

ビデオ時代に突入した1988年のことだ。当時渋谷にあった「ICBM」という輸入ビデオ専門店でそのドラマ版「THE DAY OF TRIFFIDS」を見つけた。しかし上下2巻で5万円という売値に涙を飲んで諦めた。しかもよく考えればPALだ。その後もアキバの輸入ビデオ店でこのテレビドラマは見かけたりはしていたのだが米版というかNTSC盤が出ていないのだ。もう諦めるしかなかった。

そんなすっかりとこのテレビドラマのことを忘れかけていた今年の四月、たまたま立ち寄ったレンタルビデオ店でドラマ「THE DAY OF TRIFFIDS」のDVDを見つけた。

時代の流れとはおそろしいものだ。20代のころ見たくて見たくてしかたのなかったイギリスのテレビドラマがこうも簡単に(しかも安価に)見れてしまうのだ。
レンタルビデオDVD万歳である。

というか2年前、オマエは何をやっていたんだと突っ込まれそうだが。

さっそく借りた。久しぶりのワクワク感であった。

で、早速家に戻って見たのだが・・・。なんというのか、25年分の思いがどこかにすっとんでしまうような内容であった。
あああのときに買わなくてよかった、とかそういうようなセコい思いではない。
「よくもこんな内容で25年も俺を引っ張りやがって、あぁぁ・・・」という脱力に近いものだった。

なんというのか、確かに原作小説を元にして、映画をリメイクしただけのような内容になっていないのはわかるのだが。

全体的にチープな作りなのがトホホなのだ。もしこれが60年代に製作された物ならばまだわかる。
しかし80年代といえばもう「エイリアン」や「惑星からの物体X」の公開後だ。
いくらテレビドラマとはいえもう少しなんとかなったはずなのだが。

ロケ撮影の部分とスタジオ撮りの違いがはっきりとわかるチグハグな画質や全然怖さを感じさせないトリフィドの造形など、世界中のファンの失望が聞こえてきそうな出来であった。

たとえて言うならば、巨匠キューブリックが映画でズタズタにしてしまった自分の小説「シャイニング」に腹を立てた原作者のキングが、自分で再映画化したらキューブリックの映画よりもショボイ出来で世間の失笑を買ったのとなんとなく似ているのだ。

しかしドラマの部分に関してだけならばわりかし丁寧に作られていることは評価に値するかもしれない。
俳優達の演技もレベルは高い。

「プリズナー№6」の時代からBBCのドラマというと、たとえ世界的には無名でも、シェークスピアの舞台を何年もやっているという役者が何人もなにげなく配役されていてそういうところはぬかりがないのだが。

それだけに、ああそれだけにこのテレビドラマを見ると「もったいない」というか「今ならもっとマシな出来にリメイクできるのではないか」と思ってしまったのだ。

というか、そのあとトム・クルーズ主演、スピルバーグ監督作品「宇宙戦争」をDVDで見たとき気がついたのだが、あの映画のネタ元のひとつは確実に「トリフィドの日」だ。

三本足で歩き回り人間を食うトライポッドのネタは誰が考えてもトリフィドのパクリであろう。最近はオマージュという便利な表現があるが。

クルマで逃げようとする主人公が取り囲まれて身動きできなくなるところなど「そのまま!」といいたくなるシーンを散見することが出来る。

そういう意味でマニアなSFファンには勧められるかもしれないが。

そんなことがあったからだ。久しぶりに新宿の新しい方の紀伊国屋(サザンテラス)に立ち寄ったとき、洋書コーナーでこのペーパーバック版の「THE NIGHT OF TRIFFIDS」を見つけてしまったのだ。しかも安い。1050円(税込)!

いかにも風な50年代調のB級SFっぽい表紙のイラストが逆に新鮮であった。っていうか笑った。
2001年発表の新作小説の表紙にこんなイラストをつける必然性などまったくないし。

にもかかわらずこんなイラストを描かせてしまうセンスにある種の卓越したユーモアを感じたのだ。それに惹かれて「んじゃ久しぶりに原書で小説読んでみっかな」と決意した次第である。<了>


(テレビドラマ版DVDのジャケット 地味!)


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2006年10月11日水曜日

「青い影」 プロコル・ハルム (再録)


プロコル・ハルムの代表曲。

だいぶ前に仕事がらみでこの曲の訳を頼まれたことがあった。しかしそのときは断わってしまった。詞の内容が皆目見当がつかなかったからだ。要は自分に能力がなかっただけの話であるが。それだけではない。正直に言うが、実は自分はこの曲が大嫌いなのである。

同世代の人間にこの曲は絶大な人気がある。カラオケに行くと歌える奴がけっこう多い。
いつぞやこの曲をオルガンで弾いて聞かされたことがあったが、自分にとってそれは一種の拷問であった。

ときどきこの詞の訳をこうして訊かれるというのも仕方のないことなのかもしれないが、正直自分がその適役だとは決して思わない。

が、ほかに誰もやる奴がいないのなら仕方なくやってやるかという気持ちぐらいはある。

さて、この曲の歌詞は、ただ単に言葉だけを追っていたのでは全然ダメだ。理解不能なままだと思う。
慣用句や省略形が多いので逐語訳してゆくとどうしても意味不明な言葉の羅列になってしまう。

数年前、必要があってネットを巡回して参考になりそうな日本語訳を探してみたのだが、やはり逐語訳ばかりでまともなテキストがこれっぽちもなかった。

実は8年くらい前にイギリス人の友だちにこの曲の詞の概容を教えてもらったことがある。それとて当人が「たぶん、こういうことだと思うんだけど・・・」という前置きをしたくらいの自信のないものであった。

そもそもメンバー自身が「意味がよくわからない」とさえ言っている歌詞である。そんなものに対してああだこうだと言うことのほうがバカバカしく、無謀とも言えるわけで。

それでも最近見直してみたらなんとなくだが、前よりはわかったこともある。それは自分に古代ギリシャ・ローマ神話の無駄知識がついたことと、世間では余り知られていないこの曲の3番の歌詞の意味だけはわかったからだ。まあこれも単なる誤解なのかもしれないが。

先に必要だと思われる注釈をしておく。

FANDANGO ファンダンゴ
踊りの一種。最近のダンスブームで知られるようになったがフラメンコのような踊り。単なる「馬鹿騒ぎ」という意味ではなくもっと深い(性的な)意味があるらしい。

ONE OF SIXTEEN VESTAL VIRGINS
これを「十六人のヴェスタの巫女のひとり」と訳しているものが多いが、本当は「あるひとりの16才の(ヴェスタ神殿)巫女」である。音韻のために「SIXTEEN」を先にしたのだろうとのこと。

ヴェスタ(古代ローマの竈の女神)の神殿に使えていた若い巫女が掟を破り(処女を失うということだ)、罰を怖れて海に身投げした伝説のことを言っているらしい。

THE MILLER TOLD HIS TALE
粉引き男の身の上話。日本語でいえば調度「油を売る」と同じようなもの。延々と単調でつまらない話を続ける、ということ。

SO ~ as で as以降がその原因のように見えるがそうではなく「まるで~のような」という形容。

I'M HOME ON SHORE LEAVE
-陸から離れて(も)家にいる→shore leave→上陸許可を得て帰宅する、ではない。
このままではなんのことかわからないが、おそらくは(前後のニュアンスから)「船が港に着いたら自分は消えてしまう」というようなことを言っているのではないかと思われる。それでこの男はこの彼女をベスタ神の巫女のように(海に消えてしまうようなことに)してはならない、と思ったのだろう。

というようなことを念頭に置いての訳である。


We skipped the light fandango
turned cartwheels 'cross the floor
I was feeling kind a seasick
but the crowd called out for more
The room was humming harder
as the ceiling flew away
When we called out for another drink
the waiter brought a tray
that her face, at first just ghostly,
turned a whiter shade of pale

ファンダンゴのようなふざけた踊り方をして
ワゴンをフロアの向こうへ押しやってしまった。

船酔いにやられたのか、(それともただ酔っているだけなのか)
もっと飲めと騒ぎたてる声が
部屋中に響きわたる
天井が吹き飛びそうなくらい。

もう一杯酒を頼んだら
ウエイターがトレイを持ってきた
彼女の顔から生気が失せ、そして青ざめてゆく。


She said, 'There is no reason
and the truth is plain to see.'
But I wandered through my playing cards
and would not let her be
one of sixteen vestal virgins
who were leaving for the coast
and although my eyes were open
they might have just as well've been closed

彼女は言う
「理由はない、目にしたものだけが真実」だと
でも私は恐れている。
これはトランプのようなゲームとは違う。
(伝説の)ベスタの巫女のように
彼女が海に身を投げるようなことだけは止めなければ。
だから(目を開けて)彼女を見守っている
こうして彼女のすぐそばにいたほうがいいのだと。

And so it was that later
as the miller told his tale
that her face, at first just ghostly,
turned a whiter shade of pale

えらく時間がたってしまった
まるで粉引き男の打ち明け話みたいに無駄な時間
彼女の顔から生気が失せ、だんだんと青ざめてゆく。

She said, 'I'm home on shore leave,'
though in truth we were at sea
so I took her by the looking glass
and forced her to agree
saying, 'You must be the mermaid
who took Neptune for a ride.'
But she smiled at me so sadly
that my anger straightway died

彼女はいう
「港に着いたら、私は消える」
ここは海の上なのに
だから窓まで連れて行って納得させた。
こうも言ってやった。
「君は人魚なのかもしれない・・・海神の乗り物の。」
でも彼女は悲しげに私を見るので
私の怒り(欲望)は消えてしまった。

If music be the food of love
then laughter is its queen
and likewise if behind is in front
then dirt in truth is clean
My mouth by then like cardboard
seemed to slip straight through my head

もし音楽が愛を豊かにするものならば
楽しみながらすることが最上だろう
それと同じことだ。
隠された(欲望)を剥き出しに振舞うというのは
真実が内包している汚れた部分(欲望)を拭い去ることだ。

今の自分は、頭の中で思ったことが全てがまるで
(言葉を書いた)紙のように口から滑り出してくる

So we crash-dived straightway quickly
and attacked the ocean bed

そして私達はすぐに海の底を這いずるように
(ベッドに)飛び込む・・・。


これとて日本語としてみた場合上等な訳というわけにもゆかないが。

思い返してみると、自分はこの曲をずいぶんと子供の頃から聞いていた。
ナツメロとしてではない。ラジオでこの曲を聞いたとき、この曲の正体が
自分がオルガンで弾いていた曲だと看破してしまっていた。

しかしある時期からこの曲を自分の側から遠ざけていた。
この曲がかかるたびに暗鬱な気分になってしまった。
正直、今でもあまりこの曲を聞きたいとは思わない。

というよりもこの曲の三番の歌詞を
この曲を遠ざけるきっかけになった人物に向けて
その意味を問い正したいという気分になることがあるのだ。
今となっては薄れた記憶ではあるが。

※リクエストにより再掲
初出 メールマガジン『'70 ROCKS 』(たぶん97年頃?)
その後HP『THE DAYS IN THE LIFE』99/10に抜粋して「青い言葉の陰」として掲載
その後ブログ「人生の一日」02.03「プロコルハルムの『青い影』」と改題して掲載



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2006年9月9日土曜日

思考停止の罠に陥らないためにも

日常生活の中には、ある種の罠のような物がたくさん仕組まれているなと感じることがある。

こんな書き出しだと、「なんだ陰謀論みたいなことを言い出すのか」と思う人がいるのかもしれないが。

そうではない。

たとえば、これはあくまでも例として出すのだが、エスカレーターの乗り方で片側詰めの問題というのがある。なんだか知らないうちに「エスカレーターは片側の寄って乗り脇を空けて乗りましょう」というのが「正しいマナー」ということになった。

誰が言い出してそうなったのかは知らない。自分の記憶でもはっきりしない。たぶん、1990年代のアタマにはなんとなくそうしなくちゃいけないという雰囲気をもってエスカレーターを利用していたという記憶はすっすらと残っている。

「東京は左寄せだが名古屋より西はなぜかどこも右寄せである。」

数年前、帰仙したときに仙石線の長いエスカレーターを初めて使ったとき、何故か右寄せだったので激しい違和感を感じたのを覚えている。

しかし今ではそれも何故かいつのまにか綺麗に左寄せということで統一されているようだ。

だが、それはそれで首を捻りたくなるような不思議な出来事である。

何故「左」なのかという明解な答えはないからだ。

いつだったか、等々力あたりの深夜のファミレスで何人かと話をしていたときに、その話題になって「右か左どちらが正しいのか」というちよっとした激論になってしまったことがあった。

誰かが「東京は間違っている」とか言い出したからである。

きっと関西出身の人間なのだろう。「右に寄らないと危ないではないか」というようなことを熱っぽく語り始めたのだ。

さらには、武家の作法を持ち出してそれを肯定するやつ、道交法を持ち出して来て、パッシングは右からが基本だとか反論する奴が続出した。

その中で、右か左かの意見を求められて、自分は「どっちでもいい」と答えた。

「そんなこと自分の前と後ろを見て決めればいいことだ」

そう言うと、なんだか自分のその意見というものが場の雰囲気をものすごく悪くしたようだったが。

知るか。今は江戸時代でもないし、人間は二車線道路を走る車ではない。

「関東が」とか「関西が」とか言ってみても所詮付け焼刃のなんちゃってマナーでしかない。

どうせならお雑煮の餅の形、丸か四角についての議論の方が有意義なはずである。それこそ長い文化と伝統同士のぶつかり合いの議論になる。嘘だと思うのなら一度やってみればいい。

よく、「ロンドンでは・・・」と持ち出して右寄りが正しいとか言い出す奴がいるが、あれはまったくの嘘出鱈目かただの伝聞の聞き間違えである。

ロンドン生まれの人間を何人か知っているが、全員が「ロンドンは右側」を守っていないといっていた。

「チューブ・テイルズ」とかのイギリス映画あたりを見ればすぐにわかることだが、ロンドンの地下鉄のエスカレーターを利用している人間の使い方は全員バラバラでマナーもへったくれもない。

だいたいにして、ロンドン(でもおそらくニューヨークでも)日本のように、ワンステップごとにぎっちり詰めて乗るような乗り方をしない。

あの KEEP RIGHT の意味は、後ろから追い越す人間がいたら右側に避けろという約束の確認でしかないのである。

土台、そもそもエスカレーターを利用していて、その脇を通り抜けて駆け上がること自体がマナー違反だからだ。

急用や、必要があって急ぐときは「MAKE MY WAY PLEASE」とか後ろから声をかけて避けてもらう。

初めから急いでいる奴は階段を駆け上がればいいのだ。それでいいのである。というかそうでなければいけないのではないか。

エスカレーターが誕生してもうウン百年が経とうとしているらしい。実用化されてからはほぼ二百年が経ったという。

そのころから、エスカレーターを利用する際の基本マナーは変わってはいない。

ゆっくり、静かに、真ん中に立つことである。それがエスカレーターの正しい使い方のはずだが。

それがそうでなくなったのはおそらくは、将棋倒しで多くの人間が怪我をしたり亡くなる人が出たりという事故が相次いだからではないかと思われる。

片側によって手すりにつかまれという「その場での安全策」である。

そのさらなる安全策の上にあるのは、いうまでもないことだが全員が片側に寄らないことのはずだ。違うだろうか?

もう今では記録は抜かれたようだが、20年前くらいまで日本で一番長いエスカレーターは営団地下鉄有楽町線の永田町駅にあった。池袋サンシャインのエスカレーターもけっこう長かったという記憶があるのだが。

下から見上げるとかなり壮観だったが恐怖感も感じた。「将棋倒しの事故があったらひとたまりもないな」という恐怖である。いつのまにかその長いエスカレーターも他のエスカレーター同様の「片寄乗り」がマナーになってしまっている。当然のことなのかもしれないが。

「これでは機械はたまらないな」そう感じた。

全員が知らず知らずのうちに少しずつ機械の正しい使い方を外していって、結果その総量が自滅への道に繋がってしまっているのだ。

いつだったか、釣り舟の片側だけに釣り客が集中して、横波を受けて船が転覆するという事故があったが、エスカレータの乗客、実はこれとまったく同じようなようなことをやっているのである。

もし仮に、エスカレーターでこの片寄乗りによる大事故が起きたとしたならば、責任を取らなければならないのは誰なのだろう?

エスカレーターの管理責任者であろうか?

違うと思う。エスカレーターの片寄乗りを推奨しているメーカー、管理責任者なんてひとりもいないからだ。

こんなおかしな「マナー」を押し奨めた何者かである。

で、それは誰なんだ?

06.09.09.03:11

2006年9月3日日曜日

「冥王星」問題

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冥王星について何か書けと言われた。そういえば少し前に冥王星について書いた事があった。そのときに「冥王星を惑星とするには足りない物があるような気がする」と書いていて、タイムリーといえばタイムリーだったこともあるのだろう。

冥王星が発見から75年後にして惑星から外された。

確かに、個人的にも冥王星を惑星と呼んでいいものなのかどうかは以前から疑問であったが、まさかこういう会議で正式に除外されるとは夢にも思ってはいなかった。

散々言い尽くされたことでもあるが、冥王星を惑星から外したのは天文学的な問題というよりも、どちらかというと人間側の勝手な都合によるものだ。別に新しい発見があったとかその結果をうけてでのものではない。

議論の経緯について軽く触れるが、どういうことかと言うと新たに発見された太陽系内の天体を「惑星」とするかどうかという議題に対して、今までなかった惑星の定義を新しく定めて考え直してみたらそれが「冥王星」にも抵触してしまい「惑星」の下の「矮惑星」というクラス(階級)に落ちてしまったということだ。

つまり厳密に言えば議会で決まったのはこっちの「惑星」に関する定義の方であり、冥王星が除外されたのはその結果をうけただけということも言える。同時にカロンという外冥王星天体もこれで惑星から外されてしまったからだ。

新しく出来た、その「惑星」の定義である。

1 太陽を周回している。
2 自身の重力作用で固まり、球形である。
3 当該天体の軌道周辺で圧倒的に大きい。

この三番目に抵触してしまうのだ冥王星は。そのほとんどを太陽系惑星の最外周を周回している冥王星ではあるが、ときに海王星と周回軌道がかぶったり、内側になってしまうことが今では明らかである。

1に関しては言わずもがなである。歴史的な定義であり、この部分は弄れない。たしえばここに「真円状の」とか、「同一周回面上」という一語を付け加えることも出来たはずだかそれはしなかった。

2であるが、これは最近の天文学の進化で明らかになった太陽系とその惑星の生成から逆に導き出した定義という言い方もできる。

なぜこの2が必要かというと、これで小惑星すべてが落とせるからだ。もし仮に太陽系内に新しく、比較的大きな小惑星が発見されたときの為の対策と考えると解りやすいかもしれない。事前に手を打ったという言い方もできる。今回俎上になったもうひとつの惑星候補「セレス」という小惑星帯最大の小惑星を落とすための口実という言い方もできる。

さて3番目である。意地悪く言えば、冥王星を落とすためだけに付け加えた「定義」といえなくもない。が、なぜこのような定義を付け加えなければならないかといえば1の定義を弄れなかったからだろう。

これでわかってしまう委員会の言い分がある。つまり「歴史的に、今までは1と2の定義でやってきましたがこの度は3を付け加える事となりました。」ということで、「別に間違っていたわけでも、今まで怠慢だったわけではないのです」という言い逃れをしているという邪推だ。

冥王星の立場からすれば、何十億年も太陽の周りをずっと周回していたわけで、誕生して数千万年、文明らしきものをもったのが数千年、やっとみつけて75年ちょっとの地球上の生物に「オマエは惑星ではない」と言われても「それがどうした」という気分であろう。そんなことをいったって冥王星自身はいままでかわらずに太陽の周りを周回しつづけているのだ。

こんなことが議題になるもの、まだ人類の宇宙学がまだはじまったばかりであるという証左という言い方も出来る。これがもし太陽系以外の恒星系にまで学問の範囲が及んだときにどうなるかというとそれはまだまだなんともいえないだろう。

もし仮に、どこかの別の恒星系で完全な形での二連惑星のようなものが発見されたときに、この三番目の定義は意味を成さなくなる。そのときにどうするかだ。再びこの同一軌道という定義自体を新しく定めるのであろうか。その時が来るのが楽しみではあるが、そのとき自分はもう生きてはいまい。どう考えても数百年以上も先の話だからだ。


それにしても、この件に関する日本のマスコミの取り上げ方はかなりおかしかった。
なにを話題にして、なにを問題視しているのかがピンボケで、ほとんどのひとが的外れなことばかり言っていた。マスコミのピンボケ振りは珍しくもなんともないが。

笑ったのは、占星術師の元に押しかけていって「冥王星」が「惑星」でなくなることの影響を聞いていたことだ。馬鹿馬鹿しさも極めればお笑いになるという見本みたいなものであった。

考えてみろ、75年前に冥王星が発見される以前ずっとずっとその前から占星術はあったのだ。占星術の歴史に較べれば「占星術における惑星冥王星の存在」などちっぽけなものだ。もし真面目な顔して「影響はありますねぇ」なんて答える占星術師がいたら自分で自分のいかがわしさを表明しているようなものだ。いねーよ、そんな奴。

少し真面目に考えてみよう。占星術における冥王星の「惑星」としての特徴であるが、地球から見た場合の視差がほとんどないということがある。地球からものすごく離れた位置をゆっくりと周回しているためだ。

地球と比較的近い位置を周回している金星や火星は(地球との)周回差があり、太陽をはさんで向こう側にあったり、すぐ近くを通り過ぎて行ったりするために数年に一度「大接近」だとかいって大騒ぎするのとはまったく無縁で、冥王星は地球が太陽のどのあたりを回っていようとあまりにも遠すぎて見かけ上の位置はほとんど変わらない。もちろん視差と言っても肉眼で見ることなどは出来ないが。

発見までに何十年もかかったのもそのせいである。いくら望遠鏡が発達しても世界中の天文学者が血眼になって探してもなかなか発見できなかったのも他の恒星との位置関係が変化してくれなかったためだ。

また、地球から見た位置が「黄道」という太陽の通り道からかなり離れている。その他の惑星がその黄道の近くをいったり来たりしているのとは大きく異なる。

自分が占星術に興味を持ち出したころ(1975年ころだ)、冥王星は見かけ上、乙女座と天秤座のあいだくらいのところを行ったり来たりしていた。1999年はいて座にあった。なんでそんなことを覚えているかといえば、例の「グランドクロス」があった年だからだが。

今、冥王星はたぶん(これは推測だけで書いているのだが)いて座と山羊座の間あたりにあるのではないだろうか?そんなにおお外れはしていないはずだ。というのも冥王星の位置というのは単純な年進計算で割かし簡単に出せてしまうからである。約30年かけて90度しか変化しない。それが占星術における冥王星なのである。

占星術師たちがそんな冥王星に大きな意味を持たせるはずはない。何故ならそれこそ自分の首を締めることになるからだ。

というよりも、実際にいるのだな、大きなる誤謬を犯している占い師達が。しかもいい気になって人間を幾つかのタイプに分けて「冥王星人」とか名前をつけたりしている大馬鹿占い師がいるのである。本来ならばマスコミが押しかけなければならないのはそいつらのところだろう。

なんでそんな馬鹿なことをしでかすかといえば、最近の占い師たち、天文の勉強が絶対的に不足しているからだ。(というか天文の勉強に真面目に取り組めば占星術などという馬鹿馬鹿しいことなどやる気にならなくなるはすだという突っ込みはなしである)

まず大体にして、大昔の占星術師と違って自分達で天体観測をする必要がなくなったことがある。それどころか15世紀と違って今では何百年先の惑星の位置ですら正確に計算可能になった。そのことがいいことなのかどうなのかという価値判断は置いとくとしてもだ、近年の占い師の頭の中にあるのは実際の天文とは切り離された、バーチャルなゾディアック(天宮図)であり惑星の配列でしかない。

そんなもので何かを占うというのは実に空しいことののはずだ。

自分が世に多くいる占星術師に向かって「占星術なんて馬鹿馬鹿しいから止めろ」とか、人に向かって「占星術なんてニセモノだからそんなもの信じるな」と大声で宣言するものではない。ないが、最近の若手の占星術師に対しては「もっと天文についての勉強をしなさい」と言いたい気持ちはものすごく大きい。「キミたちはものすごい楽をしてはいまいか」と。

そして世の人に対しては占星術というものの限界についてもっと強く主張したい気分である。

そしてそして、朝の番組などで「今日の星占い~」とかいってたった12通りのアドバイスしか提示していないテレビ局に対しては、この犯罪的な行為に対してどうやって対抗策を講じてやろうかと(笑)頭を痛めている最中なのである。

本当に、頭が痛い。

2006年8月25日金曜日

犬に噛まれる 

犬に噛まれてしまった。

これはなんのメタファーでもたとえ話でもない。本当に犬に噛まれてしまったのだ。

不幸な事故なのである、これが。

5日ほど前だが、道を歩いていたら、後ろの方から自転車に乗ったまま犬を散歩させている人がどんどん近づいて来た。

その自転車と犬が調度自分の脇を通り過ぎたときだった、犬が急に進路変更をこころみようとしたためにリードを強く引張ってしまい、サドルの人がバランスを失い、「キャッ!」と叫んでこちら側に横倒れになってきたのだ。

で、私はそれを見て、慌てて倒れてきた自転車を支えようと手を差し伸べたのだが、それが犬の目には「主人が襲われている!」と映ったのだろう、思いっきり私の左の手首に噛み付いてきたのだ。

中型の柴犬なので噛まれると相当痛い。自転車の女性がすぐに犬を引き離したので大事には至らなかったが。

それでも二・三日は腕が丸太のように腫れ上がり、キーボードを打つどころか肘を曲げたり手を握ることも出来なかったくらいだ。

お互いがそれぞれ保険会社に連絡したのだが、自分の保険では「犬に噛まれた」だけでは治療費に見合った保険には届かないということがわかり、双方の保険会社で協議した結果、こちらの保険は一切使わずに、向こう(犬の飼い主)の保険を全面的に使うことでやっと一段落がついた。とりあえず慰謝料のようなものはこちらからお断りした。向こうが初めから全面的に謝罪してきたからだ。それがあれば充分というものである。トラブルを大きくすることは好きではない。

二十数年前、似たようなことがあった。そのときは解決が長引いてしまった。理由はただひとつ、向こうが自分の非を認めようとしなかったからである。いつも最後に「でも・・・」とか付け加え、自分の主張をしてきた。というか、自分のしたことの本質を正しく理解していなかったことに私は怒りを覚えたのである。それでは困る。何故ならそれからも同じようなことをされる可能性だけが生きつづけるからだ。それだけは阻止したかったのだ。それと今回はそこが大きく違う。

とはいえ今自分が軽い犬恐怖症になっているような感じである。まあたいしたことはないのだが、犬が近寄って来た時、以前のように気軽に頭を撫でたりが出来ないのだ。かならず尻尾を見て、お犬様のご機嫌を伺ってから右手で撫でていたりする。隣りで飼っているチワワ相手にもだ。

しかし、やはりその自分を噛んだ犬に対しては悪感情は抱いていない。「不幸な事故だった」と思うだけだ。

実はその後、二度ほどその犬にも会っている。謝罪のためにやってきたりしたからだ。
もちろん、犬がひとりで謝罪に来るわけがない。(来たら面白いだろうが)その飼い主が犬を連れて謝罪にきたのだ。

私にはこの神経がわからない。流石に二度目の時には「犬は連れてこないでくれ」と頼んだ。

その柴犬には、この私はおそらく未だに「敵」としてしか映っていないことぐらいはわかって欲しいものである。

これはもうどうにもならないことだ。主人と一緒のときこそおとなしくしてはいるが一度犬に染み付いた防御本能・攻撃本能はなかなか直らないものなのである。

こういうことをちゃんと理解している犬の飼い主は意外と少ない。

「この子(犬)、本当はおとなしくていい子なんですよ~」とか言われてもなぁ。

そりゃ言いたいことは解る。わかるが彼(彼女)は生き物としての犬というものの本能をちゃんと理解しているとは言いがたいと思う。

彼(彼女)のその言葉は、ただ単に、自分が飼っている「犬」という「鏡」を通して自分自身について述べているだけにしか聞こえないのだ。


話はかわる。ある女性作家が「生まれたばかりの子猫を殺している」と告白して今ちょっとした騒ぎになっている。

この人の言い分はわからぬこともない。とりあえず言っていることは理解できる。
しかしこの人の「弁解」を読むと、自分の飼っている猫どもに対して「愚かな小さな神」として振る舞っていることに対する「義憤」の感情が湧き出てくるのだ。

この世には、その女性作家以上にその雌猫三匹と幸福に暮らせる「人間」は幾万人といる。この三匹の雌猫は飼い主を誤った。そのことに対する悲しみである。

人間は人間である。神ではない。彼女の考えかたにはこのことがすっぽりと抜け落ちてしまっている。だから読者の共感を呼ぶどころか非難だけが増幅してしまうのだ。

確かに自分が飼っている猫や犬に対して飼い主はほぼ絶対といっていい存在だ。
殺すも殺さぬも飼い主の胸先三寸であろう。そのことをいちいち責めてもしかたがない。

しかしその行為に対して「雌猫の生と性」であるとかの理由付けは許されない。
「生まれてきた命」と、「これから生まれてくる可能性のある命」はまったく別のものだ。頭の中の単純な引き算では出せないもの、それが命というものだろう。

むしろこの人の内側にある、その貧弱な「生命観」だけが空々しい。なぜ空々しいかというと、その「生命観」はもう一方の人間には絶対当てはめることなどできないからだ。そのことにはちゃっかりと目を背けてもらっては困る。

即刻飼っている雌猫に避妊手術を施す、それが飼い主としての「人間」に許された数少ない手立てである。それが出来ぬというのなら表に雄の野良猫がうようよといる環境で雌猫など飼うべきではない。

人間は神ではない。おそらくはこれからもずっとずっと未来永劫、「神」には近づけないだろう。何故なら「神」が人間の作り出した想念(=コンセプト)であるのなら、これからも人間は自分に都合のよい「神」を新たに作りつづけるだけだからだ。

人間というのはそういう愚かしい「中途半端な」生き物なのだ。私も、そしてあなたも。

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2006年7月11日火曜日

「谷間の世代」はもう死語なのか (重複)



前の記事で「谷間の世代」という言葉を使ったらさっそく「なにそれ?」という質問が来た。

アテネ五輪も遠くになりに蹴り、というやつか。サッカーだけに。

「谷間の世代」というのは現在25才前後の、2001年ワールドユース大会、2004年のアテネ五輪を戦った世代のことを指す。

具体的に名前を出すと、松井大輔、阿部勇樹、佐藤兄弟、駒野友一、今野泰幸、茂庭照幸、大久保嘉人、高松(大分)、山瀬(浦和)、前田(磐田)、石川(F東京)このあたりがそうだ。最後はフルネームで出てこなくなったが(笑)。

名前を見ただけでも層々たるタレントが並ぶのだが、何故かU17時代から国際大会での成績が芳しくない。世界ユース大会では予選(グループリーグ)落ち、アテネ五輪でもイタリア、パラグアイとは激しい互角の戦いを繰り広げながらも0勝3敗でグループリーグ敗退と結果がついてこない。

とにかく怪我人が多く、まともに全員が顔をそろえたことのないので「夜間学校」と陰口を叩かれたこともあったくらいだった。

その前の世代、いわゆる小野・高原・稲本などのいた、いわゆる「黄金世代」が1999年トルシエ監督に率いられてナイジェリア大会で準優勝、シドニー五輪でもベスト8とかなりの好成績を収め、そのあとの2003年UAE大会の世代も、ブラジルに破れたもののベスト8という成績を収めているので「谷間の世代」と呼ばれたのだ。

というか、もともとはU17世界大会出場を逃し、いきなりユース世代になってから国際大会に出場したために、強化の橋渡しを行なわなければならなくなったので「谷間の世代」と呼ばれただけだったのだが。

谷間の世代はサッカーだけではない。昭和41年生まれの人口もガクッと少ないので「谷間の年代」と呼ばれる。

芸能界では1980年生まれ(81年3月まで)の女性芸能人がよく「谷間の世代」と呼ばれる。野球でいうところの松坂世代である。

井上和香、優香、根本はるみ、酒井若菜、小池栄子、乙葉、眞鍋かをり、とずらっと並ぶからである。
谷間の意味が違うが。

かくいう自分も何度か「谷間の世代」呼ばわりされたことがある。特にトラウマに近い記憶なのだが、高校に入学してすぐのオリエンテーションかなんかで、学年の教科主任の教師に、「来年再来年から学区割制が施行されるのでむこうにゆけなくなった優秀な生徒が多人数こっちに入って来るのできっと君達はかなわないだろうね」と軽く言い切られたのだ。非常に不愉快な記憶として残っている。

それと、何故かは判らないが、やたら政治家の少ない年代でもある。そのせいか政治無関心層の中心と叩かれたり、政治の低気圧世代といわれたりもする。

おおきなお世話なのだが。
「谷間の世代」とは、言い換えれば「システムの変更を司らなければならない」世代でもあるからだ。

だからか、「谷間の世代」という言葉を聞くと自分は必要以上に敏感に反応してしまうのかもしれない。
ああ、まあ女性芸能人のことも含めてでの話ということでいいけど。

おそらくは、次のサッカーA代表も今までとはドラスティック(急変)に違ったものになるであろうと期待もし、不安を持ってみている。

なんかヘンなまとめになるが、彼らの奮起を促す意味で「谷間の世代」という言葉は死語扱いはしないほうが日本のサッカー界のためになると思っているのだが。

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2006年7月10日月曜日

Tom Verlaine Dreamtime 1-4

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1981年発表。テレヴィジョンを解散後に発表したファーストアルバムに次ぐ、トム・バーレインのソロ第二作目である。

最近古いレコードを整理したらクラッシックのアルバムに挟まれるような感じでひょっこり出て来た。

前にも書いたが、現在ヘッドアンプが無いのでレコードを聴く事ができない。聴いて聴けないこともないのだが今使用しているプリメインアンプにはPHONE入力がないのでAUX(その他)に繋いだり、CD端子に繋いでもただのシャリシャリ音にしかならない。

イコライザー機能の付いたプリアンプでもいいのだが、RIAA曲線(補正曲線)を再現しようとすると別にもう一台メインアンプが必要になりかえって手間と金がかかってしまう。

レコードプレーヤー用のヘッドアンプを買うか作るか、でなければ最初からヘッドアンプ付のレコードプレーヤーを買ったほうが安上がりで手間もかからないというわけだ。

で、今度は古いカセットテープを整理していたところ、今度はこのアルバムをダビングしたものを発見した。

昔、女の子にあげるつもりでいたのがそのままになっていたのが残っていたらしい。

で、こういう経緯があって久しぶりにこのアルバムを聞くことが出来たのだが、当時持っていた印象とその記憶はかなり違ったものを感じることが出来た。

当時、トム・ヴァーレイン(テレヴィジョン)は、パティ・スミスらと並んでいわゆるアメリカの「ポスト・パンク」、ニューウェーヴのひとりとして位置付けられていた。音も、まあそんなもんだ。

しかし、ソロ名義になって発表されたこの2枚目のアルバムになるとかなり方向転換をしている。

テレヴィジョンの音を正統に進化させたようなファーストアルバム(邦題『醒めた炎』)とはかなり違って聞こえてしまう。

コンクリート剥き出しのガレージ内で録音したかのような過剰なエコー音が影をひそめ、音から普通のスタジオで録音したことが偲ばれてしまうような暖かさや柔らかさすら感じてしまう。

これは進化ではなく退化というものではないだろうか。そう思ったのである。

さらに、がらりと、とまではいかなくても「不必要じゃないか」と感じるような妙にメロディアスで感傷的な曲が目立つ。

ベタな表現だが、出来の悪い「パティ・スミスの曲」みたいに聞こえてしまう。

それでも今聞いてても違和感を覚えなかったのは詞の誠実さである。

これだけは不変であった、今聞いても。それだけが救いであった。

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ドリームタイム その2

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というか、実は本当のことを言うと、自分が本当に書きたいのはこのトム・ヴァーレインのアルバムの音のことではない。

このアルバムにまつわる思い出のほうである。

いろいろあって自分にとってこのアルバムには忌まわしい思い出しかなかった、当初は。

1985年のころ、自分はある広告代理店の社員だった。そのころ、地元の私立大学に通っていた女子大生と短い間だけだが交際していたことがあった。ピアノの上手な、色白で小柄な女性だった。名前はゆかりという。

話をしていて高校時代の担任の教師が同じ人物だということがわかったのが仲が良くなったきっかけであった。

自分が高三のときに、その教師がゆかりの出身女子校に転任したことを覚えていたのでそのことを話題にしたら判明した事実であった。

たしか七夕(仙台のことなので8月)の最終日のことだ。やはりご多分に漏れずその日も大雨で、ふたりは繁華街のあちこちに残った七夕飾りをひとつひとつ確かめながら駅前方向に歩いていた。

その中に何故かこのトム・バーレインのアルバムの裏ジャケットの写真があったのだ。

まあ、正確な言い方をすればジャケットに使われた写真のオリジナル、ということになるのであろうが。

モノクロのマンハッタンの夜景写真なのだが、ゆかりはそれを指差して「キレイねぇ。」と微笑んで見せた。子供のような無邪気な笑顔であった。


それからしばらくして、自分の部屋でこのトム・ヴァーレインのアルバムジャケットの裏をじっと見たゆかりは「良く見ると、なんだかコワい感じ・・・」と言った。

その感覚は正しい。今でもそう思う。

さらにその数年後、自分はニューヨークのセントラル・パークをニューヨーク在住の友人と歩いていた。まだ日が落ちてまもないころだ。

そのころニューヨークではこのセントラルパークの再生運動が実を結んでかつてないほどの治安を取り戻し、多くの人々が行き交う場所となっていた。

ふと見上げた光景、目の前にある風景が目に飛び込んでくると、自分は激しいデジャヴュ(慨視感)に見舞われた。

どこかで見覚えがある光景だった。そして暫しのあいだ頭をめぐらせ、やっと今自分が、あのトム・ヴァーレインのアルバムに使われた写真と同じ場所、同じ向きに立っているということに気が付くのであった。

その場所は、思った以上にのどかであった。あの写真を見て感じる、迫り来るビルの恐怖感はどこにもない。

その友だちからセントラルパークで撮った写真が送られてきたのは4年前、つまり2002年の夏のころだった。

きっと見る人間の思い込みがそうさせるのだろうが、デジカメで撮ったその写真の中マンハッタンは9.11のショックからまだ立ち直っていないニューヨークの怯えのようなものが見て取れた。

とにかく、窓という窓に明かりにが灯り、それが闇を怖れた住人の心情を反映しているかのように見えたからだ。

今再びこうしてトム・ヴァーレインのドリームタイムを聴きながらこの写真を眺めていると、あのとき感じ、そして長らく忘れていたその恐怖について考えざろうえなくなってしまうのである。

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ドリームタイム その3

25db9c33.jpg現在のセントラルパークの同じ方角から見た光景

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ドリームタイム その4

2006年夏、ニューヨークは再び平安を取り戻したようだ。

しかし実際にニューヨーク マンハッタン島に住んでいる友人に言わせれば、それは単なる表面上の話であって、実際にえぐられたこころの傷が癒えたとかそう云うことではないという。

一時期、ニューヨークの街角のいたるところには手作りの顔写真入りのポスターがペタペタと貼られていた。9.11行方不明になった人間の情報を求めている家族が貼ったものだ。

今でもそういうポスターはところどころに見受けられるという。貼りっぱなしにしてあるのではない。新たに更新されているのだ。
「きっとなくなることはないと思うよ、家族が全員死ぬまでは・・・」友人がそう説明した。


映画「ブレード・ランナー」の中でレプリカント(人造人間)達は何故か写真に固執するという下りがあった。一種の無いものねだりがそうさせるのだという説明があったような気がする。

今の自分もそれに近いものがある。
実は、自分が20代のころ、特に22~3才のころの写真がほとんどないのだ。

貸したままになっている写真があったので返してくれと頼んだら、「ああ、ゴメン、捨てちゃった。」と軽く言われたことがあった。

まったくもって酷い話である。

昔の別れた女で相当数持ったままというのもいる。
どういうつもりか知らないが「思い出と一緒に焼いてしまいました。」などといってのけた女がいた。言わせてもらえれば、そんなのただのオナニー行為である。馬鹿か、返せよ。燃やすなら。

そんな中で奇跡的に手許に帰ってきた一枚の写真がある。ゆかりが送り返してきた写真であった。
「私にとっては重荷ですが、きっとあなたにとっては大切なものでしょうからお返しします。」との一文が添えられていた。

思わず涙がでそうになったくらいだった。お互いのこころの中に残る「想い出」だけは「無事」に残ることとなった。

自分はその手紙を封筒に入れたままトム・ヴァーレインのレコードジャケットの中に入れっぱなしにしていたのだが、それをすっかり忘れていた。そしてそれを発見したというわけだ。

そしてこのアルバムの裏ジャケットをじっとみつめ「よく見ると、なんだかコワい・・・」と言ったゆかりの言葉が脳裏に蘇った。


こうして2006年7月、再びマンハッタン島のその場所に向う自分の眼前にはあの「アルバムジャケット」の写真そのままのセントラルパークがあったのだ。

ニューヨークという街は今確かに怯えている。


というストーリーを頭にいれてこのドリーム・タイムの裏ジャケットの写真をご覧下さい。


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2006年5月24日水曜日

彼らは「多次元の宇宙は存在する」と言った

ある「波動」関連のブログを読んでいて「あいかわらずだな」と思ったことがある。
「次元」という言葉の使い方を間違えている事である。
おそらくは物理学での「次元」とはなんなのかという認識が出来ていないのだろう。

そもそも「次元」とは相対化数値化することのできる概念である。
というか相対化数値化できなければいけない。それが「次元」という言葉を使うときのお約束だからだ。

ところが波動関係の人たちは我々の住むこの現実の空間をいきなりすとんと「三次元」と既定してしまい、その上にある「次元」を「多次元」だとか「高次元」と言う。

これが間違いの大もとである。

まずだいたいにして、この現実世界イコール「三次元」ではない。

「三次元」というのはあくまでこの現実の実在空間を模式的に説明するために考え出されたひとつの仮説でしかない。いわば一種のコンセプトだ。

我々が実存するこの現実の空間の中にさえモデル的に純粋な「三次元空間」はありえない。

あるとすれば我々の頭の中にであり、コンピュータのような純粋な数式であらわされる(閉鎖系)世界にのみに存在する。そういう性質のものだ。

おそらくは「波動」の人たちはこのことがわかっていない。

だから「三次元以上の多次元(高次元)」について語ると、とたんにあやふやになったり「愛」だとか「理性」だとか相対化も数値化も不可能な概念を持ち出してきたりするであろう。

我々の住むこの(現実の)世界を上位抱合する別の世界があると主張することはかまわない。(あるなしは別の問題だからだ)問題があるとすればこの現実世界を「三次元」と呼んだり、その上位包括する別の世界を「多次元(高次元)世界」と呼ぶことであろう。

「次元」というコンセプトを用いて説明したいのであればちゃんと相対化・数値化できるその4番目の次元を提示しなければ話にならないのだ。


その昔、8年ほど前のことだが、下北沢の事務所にいたとき、「波動」の人たちにとっつかまってしまったことがあった。

近くのビルに「研究所」を設立したとかで挨拶に来たのだが。彼らが自分達の活動を説明しようとしているのだが言っている事がまったくわからなかった。

これは一方的に彼らのせいだ。自分達でもよくわかってもいないのに「三次元」だとか「多次元宇宙」だとかの単語を振り回し相手を納得させようとしたからである。

んなもんワシの手にかかったら最後だ。逆に質問攻めにした。


「何故、仮説である三次元宇宙論の上に屋上屋を上乗せしたような多次元宇宙の実在を真剣に説かれなければならないのか?」「じゃあその4番目の要素って何?」「その愛はどう数値化できるの?」

そういった私の放った基本的な疑問に対して彼らはちっとも答えられなかった。

仕舞いに彼らはそんな私を「まだまだレベルに達していない人」と呼んだのである。

実に腹ただしい記憶である。


そのブログを読んでいてその時のことを思い出したのだ。

こういう(波動の)人の書いた文章を読んだり話をきいたりすると感じてしまうのは「なんとまあ想像力の足りない人たちであることか」ということだ。

「想像力が豊富」なのではない。逆だ。彼ら一様に言えるのは「想像力の不足」であり「創造力の欠如」だ。

ところが彼らは「自分たちは普通の人よりも想像力は豊富だ」と確信している。

なものだから自分達の語ることが一般人に通じないと突然にヒステリックになったり、相手を見下したような態度になる。

自分達に都合のよい別世界について語るのであれば「次元」であるとか「高次元」「多次元」などという物理学からの借り物の言葉をいつまでも使うのはよくない。

自分らのマインドゲームにふさわしい言葉を作るなりして語ればよいのだ。

「第何次精神世界」とか「層状世界の外側」とかいくらでもあるでしょうに。

むしろ自分のような「アンチ波動」の人間の方がこういうことに長けていたりする。

何故かといえば自由にものを考える能力が「去勢」されていないからである。

これを指して私は「想像力」あるいは「創造力」の差と言っているのである。

この想像力の不足、創造力の欠如はどこからくるのか、過去何人もの波動の人たちと話をして来た私にはわかるのだ。

ひとことでいえばそれは一種の教条主義である。宗主の口にしたこと、本に書かれていることに疑いをもたずに鵜呑みにしたり、丸暗記したりしてそれを自分の知識と勘違いして起きる悲劇である。

で、何故疑いを持たないかというと一種のマインドコントロール状態にあるからだ。

もしこのような「波動」のような疑似科学の概念を示されれば、普通の人は疑うところからはじめる。それが出来なくなっているということは怖い事なのであるが。

8年前私を指して「レベルに達していない」と言った彼らと自分の差をレベルという言葉を使ってこちら側から言わせてもらえれば「想像力・創造力が失われてゆくレベル」には達していないということだ。残酷な言い方になるが。

まあ最近この手のブログばかり目にしているのだが、なにもかも8年前とかわりはないな、というのが私の偽らざる感想である。

(この記事重複します)

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2006年5月19日金曜日

心霊写真 その1

その昔、某有名牛丼チェーンの店頭タペストリー(垂れ幕)の牛丼の盛りの部分が丁度人の顔に見えて「心霊写真か」と話題になったことがあった。

このように何かが人の顔やら何か別のものに見えてしまう現象をシミュラクラという。これは人間の心理のなせる技である。

人間は丸いものがふたつ並んでいるとついつい目玉と見てしまう傾向があり、その下にもうひとつまるいものや線があるとそれだけで立派な顔として見てしまう。
どういうことかといえばつまりこういうことである。



             ゚ ゚


         - -
                     
          0  



「心霊写真」のほぼ九割はこういった現象で説明がつく。
問題にすべきは写真そのものというよりも「見る人間の心理」である。前項でも触れたが「見えてあたりまえ」であり、むしろ「顔に見えない」という人がいたらその方を問題にすべきかもしれない。

それでもそのシミュラクラでは説明のつかない「心霊写真」というものも存在する。明らかなねつ造は除外しての話でである。

明らかな人影がありえない角度で写っていたり、手や体の一部がどうでもいいような集合写真に紛れ込んで写っている場合がある。これが結構多い。
しかしこれもネガを詳細な目で見たり、限界ギリギリまで引き伸ばして写真を焼き付けて(写真そのものを拡大しても原因は掴めない)見るとほとんどのものは解明できる。
シャッターの二度押しによる二重露光や、シャッタースピードが光量と合わなかったために起きてしまう現象で、昔はこれがものすごく多かった。今の主流のフルオートのカメラでもこれがたまに起きてしまう。

通りすがりのひとが丁度立ち止まったりしたときにシャッターが降りると結構鮮明に写ったりしたのである。これが今のカメラでもよく起きるのだ。

私は写真の専門家というわけではない。それでも友人のカメラマンのアシスタントをしたり、広告屋として何万枚というネガや写真を扱ったり目にしてきた。さらにDPEの受け付けの仕事もしてきたので普通の人よりは写真に対しては詳しいし、実際に相当枚数の写真やネガを扱ってきている。こういう一見心霊写真っぽい現象は決して珍しくはないのである。

その経験を踏まえて言うのだが、心霊写真というものはまずこの世には存在しないと思ったほうがよい。

そして今、心霊写真の存在を全否定できるという状況になりつつある。なにがかというとデジカメの登場と普及である。デジカメで撮れてしまった「心霊写真」というものが登場してしまったことだ。

普通の(銀塩フィルム)の写真とデジカメで撮った写真は見た目は同じに見えるが、その撮影のプロセスはまったく別のものである。

仮に心霊というものが物質的存在でないとしても、それが普通の銀塩フィルムに映り込んだりする可能性はゼロとはいえないが、同じものがデジカメに写る可能性はゼロである。
もし写ったりするのであれば、それはどういうことかといえば、心霊側がデジカメの登場に合わせて自らの本質を変えているということになってしまう。

もう少しわかり易く言うと、心霊さんがいちいち人間が手にしているカメラを判別して「あっ、あのニコンのカメラ、デジカメかよ~ニコンのデジカメって見た目区別がつかないなぁ」とかこぼしつつ自分の本質をデジカメで写るように変換しているということになってしまうのだ。

そんなわけがない。

私は、心霊がなにものかはわからない。(そもそもあるとは思っていないが)しかし銀塩フィルムに写ると言うことはなんだかのエネルギーを持ったものであるということだ。この場合はつまり「物質はエネルギーである」という意味でのエネルギーであるが。

エネルギーであるならば可視光線でなくとも銀塩のフィルムに写る可能性はごくわずかとはいえ、あることはある。紫外線や赤外線、もっと内側や外側にある不可視光線(X線や熱線とか)に反応したフィルムに写ってしまう可能性は考えられなくもない。(まったくゼロではない、という意味で)

しかしデジカメの受光部分であるCCCDは可視光線にしか反応しない。何故かというとそういう具合に機械の部品が作られているからである。そうしないとデジカメで撮った写真は人間の目で見た映像ではなくなってしまう。

そうすると、「心霊は人間の目では見えない何か」が写ったものとする今までの肯定派の主張・意見はすべて間違っていた事になり、いままで銀塩フィルムに写っていた心霊写真を全てニセモノとしなければならなくなるのである。

従って、この「心霊写真」という事象に関する合理的な説明は「初めから心霊写真などというものはなかった」とすることなのである。

もっと重要なことは仮にこのように「心霊写真」を否定したとしても「心霊」の実存を全否定することにはならないということだ。さらに踏み込んで言えば、仮に実存を全否定したとしても(私がその立場であるが)存在そのものの否定にはつながらない。ということなのであるが。

というよりもまず第一に「心霊写真」そのものが心霊の存在証明にはなっていないということを肝に銘じるべきである。

で次は心霊ビデオ(動画)に関する解釈である。疲れるな(笑)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(初出「これもまた人生の一日」97.10.11)
リクエスト多数につき再編集して再掲しました。

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2006年5月13日土曜日

「霊が見える」ということの解釈

何度となく書いていることだが、周囲にはいわゆる「見える人」が多い。
これもいつも書いていることだが、私は「見える」こと自体は否定していない。
彼らを嘘つき呼ばわりしたことは(大人になってからは)一度もない。

しかし霊の存在に対しては否定的である。というか、もしそのようなものがあるとすれば人間の目でだけでなく、ありとあらゆる検知機器で確認されるはずがないと確信している。

逆説的に言えば、人間にとってだけでなく、このいわゆる実在の空間には存在しないからこそ「霊」であり、存在が可能なのではないかと。

数字の「0(=ゼロ)」と同じようなもの、と考えてもらうとわかりやすいか。

実存しない存在としての「ゼロ」である。

ゼロはあるかないかといえば、想念としてはある。しかしこの世の中にはゼロのものは存在しない。
0個の卵、0本の牛乳、そんなものは実在しない。あるのは「0個の卵」という考え方だけである。「昨日まであった卵が今日はなくなってしまった」というような場合には「0個の卵」という概念はある、というのと似ていると思うのだ。

では何故あるはずのないものが見えてしまうのかというと、それは脳のメカニズムだと思う。「思う」というのはまだすべてのケースに対して完全に実証されていないからそういうだけであるが。

ひとことで言えば、脳が視覚神経を使い、かつて目にし記憶にとどめておいたのを、網膜にフィードバックするような形で焼き付けてしまうことをするのだと思う。

これも乱暴な例えだが、コンピュータのデータメモリーの処理に似ている。
網膜は目に入ってきた光を視神経を通して脳に伝えるカメラのレンズのようなものだが、同時に一種の「出来の悪いスクリーン」というか「モニター」でもある。
脳がなんかの拍子にピックアップした、過去に深く刻み込まれた映像を映し出してしまうことがある。これが幻影の正体である。

その「なんかの拍子」であるが、それは心神の強い衝撃であったり、強い酒であったり麻薬の効果だったりする。関連する記憶がそれを呼び戻すこともある。そのへんのメカニズムはよくわかってはいない。

もちろん、目に映る映像としての幻だけではなく、耳や鼻や、それどころか皮膚に対してまでこの誤った命令が下されることがある。

なものだから、多くの人は「あれは単なる幻ではない」と感じてしまうのだ。

実をいえば私も、小学校2年から中学校2年まで過ごした家に引っ越したばかりのときと、中学2年から20まで過ごした家に引っ越した直後、これと思われる幻影(子供の頃は幽霊と位置づけたわけだが)に悩まされた。

夜中目が覚めるとると女の子がこちらを覗き込んだり、中空を飛び回ったりするのだ。覗き込むだけではない。顔を撫でたり息を吹きかけてきて、その息吹が顔にかかる感触まであった。悪意は無さそうである。なにかとにかく嬉しそうにケラケラと笑っているのだ。なんにしても不気味であることには変りはないが。

あれは二十歳くらいのころか、その正体はわかった。私には五歳年上の従姉妹がいるのだが、彼女だったのだ。

私が生まれてすぐのころ両親は兄夫婦(私にとっての伯父夫婦)と同居していた。当然、そこには従姉妹もいる。

彼女の思い出話を聞いていて確信したのだ。私が生まれてすぐに家に戻ったころ、彼女ははいつも産まれたばかりの私のそばにいていつも眺めたり顔を撫でていたりしていたという。

さて、産まれたばかりの赤ん坊である私にはそれはどのように映るであろう。母親とは違う「大人の女性」がそばにいて、体を自由に動かせないで横になっている私の顔を覗き込んだり顔を撫でたりするのはかなり強烈な光景-体験として刻み込まれているはずだ。また、自分の周りを自由に動き回る彼女の姿はまるで飛び回っているかのように見えるであろう。

その後同じような幻影を見た記憶はなんどかある。やはり引越しししたり、ホテルに泊まったりしたときだが、夜中にふと目覚めたときに私を覗き込む「少女」の顔は写真にある5、6才のころの従姉妹に似ていた。

まるっきり同じでない、というのはやはり何人かの記憶がごちゃ混ぜになっていたりするためではないかと思う。

こうして、私はかなり早い時期にその「心霊」の呪縛から逃れる-解決する-方法にたどり着いた。

一番有効なこと、それは過去の自分から目を背けないことではないかと思う。

幽霊を見た、と悩む人から話を聞く機会が多いのだが、彼らの特徴を挙げるといくつかある。

ひとつは、私もそうなのだが左利きであったり、5才くらいまで利き手が定まらなかったり、あるいは利き手を矯正されたりとかの経験を持った人に多い。これはきっとその脳のメカニズムと関連しているからではないだろうか。よく両利きの人間は空間認識能力が高いといわれるが、これもそのことと関係するのかもしれない。

もうひとつは自分の子供のころの体験を意図的に忘れようとしている、トラウマをもった人に多い。

そしてこれは数字的にまずまちがいのないことなのだが、男よりも圧倒的に女性が多いのだ。

これもくり返しいつも言っていることではあるが、わたしは「霊」の存在を全否定しているのではない。あるのかないのかと問われたならば「わからない」と答えるしかない。

しかし、あなたが絶対的な確信をもって「見た」と主張する「霊」がいわゆる本物の霊でないということは断言できるのである。

何故なら私も「見える」人間である。「見た」人間がそれを根拠として霊の存在を肯定することの危険、あやうさ、あやまちならばあなた以上によく知っているつもりだ。

ナオコさん、エミコさん、エリさん、タカコさん、アイさん、フミエさん、
これは貴方達に言ったことでもある。何故か全員女性ばっかりだが(笑)

男どもは、まあ勝手にしっかりやってください。(了)

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2006年3月12日日曜日

オカルトは人を殺してしまう

オカルトは人を殺してしまう

前にも書いたが、オカルトに嵌ってしまい自ら命を落とした人間を何人か知っている。
医者に行くことを勧めたのだがそれを断わり、加持祈祷の類に頼り手遅れになってしまい死んでしまった人が何人かいたのだ。自業自得といえばそのとおりである。

最近も友人の奥さんが子宮だったか卵巣のガンの発見が遅れて三十代の半ばで死んでしまった。

いわゆる波動系の信者で治るはずの病気が発見が遅れてしまい、自らの命を縮めてしまう人が多いと聞く。

「ヒーリング」と称して(完全に言葉の使い方を間違っている!)本人の意志の力と仲間の送る念でガンが治ると吹聴している集団のことは結構耳にしている。

当人たちにその自覚はないようだがこれは立派な犯罪である。犯罪に立派もクソもないのだが。

崖に続く一本道を歩いていっているのに止めないのとまったく同じことだ。一種の殺人(自殺幇助)行為なのである。

このことをずっと言いつづけてきた。しかし無駄ななことはやはり無駄なようだ。

馬の耳に念仏という言葉があるがまさにそれだ。

当人が死を願っているのかというそうではない。生きる手段として波動とかヒーリングとかを選んでいるのならば周りにいる家族なり友人なり同僚がどんな手段を使ってもこれらの集団から引き離して医者のところへ連れてゆくべきなのだが。

前にも書いたが、病気の痛みや苦しみもまた幻視や幻聴という幻覚を生むのだということを忘れてはいけない。

その、妻を失った友人と何度も手紙やメールのやりとりをしていて改めて思うのは人がオカルトに嵌ってしまうプロセスのことだ。

彼らの話を聞いたりしていると、そのほとんどがいわゆる「疎外感」なのだと気づかされる。そして人の心の中に疎外感を産むのは一種の選民思想 ―自分はほかの人とは絶対的に違うのだという誤ったエリート意識― なのである。そしてその選民思想を産むのはその底流にひそむのは劣等感なのである。

オウム事件のときにその信者の多くが東大やら早稲田慶応のいわゆるエリートぞろいだったことに驚いたひとは多かったようだが、不思議でもなんでもない、エリート意識、疎外感、選民思想というキーワードで読み解けばむしろ当たり前のことなのであるが。

日本には信仰の自由はあるが人の命をもてあそぶ自由はない。人の命を弄ぶのであれば香田証生という日本人の首を刎ねたイラク人と同じで宗教に名を借りたただの殺人集団でしかないのだが。

この言葉を重く受け止めてほしいものなのだが・・・ 無理だなたぶん。

0603121749

2006年2月25日土曜日

レッド・ツェッペリンⅠⅤ  チープなオカルト趣味



最近約二十数年ぶりに昔の知人の女性に会った。
向こうはすぐに自分に気がついたようだが自分は彼女に気がつかなかった。

というか自分は二十年前とあまり変わってないらしい。素直に喜んでいいのかどうか悩むところだね。

彼女に貸したっきりになっていたレコードが何枚かあってそれを返したいと言われたのだが今更アナログのレコードを返されても困るし。

その中にレッド・ツェッペリン(ファンの人にはレッド・ゼプリンと言えと怒られそうだが)の4枚目のアルバムがあって訳詞をつけたままらしく(輸入盤だったから)「どうしようか?」と言われたのだが「捨てちゃって下さい」と言っておいたのだが昨日ごそっと送られてきた。ジェネシスとかキング・クリムゾンとかイエスあたりの、いままで謎の失踪を遂げていたアルバムが戻って来た。約15キログラム分。

実を言えば自分はこのレッド・ツェッペリンのアルバムをあまり好きではない。出来不出来で言っているのでなく単純に好き嫌いの問題だ。

昔、自分がラジオの放送作家だったころ、ある音楽番組でレッド・ツェッペリンの特集を組んだときに彼らの有名曲の何曲かの訳をさせられたとき、当時オカルトに嵌っていた番組DJをおちょくるつもりで「天国の階段」ににちょっと変わった日本語訳をつけた。



おねえさん、教えて下さい
この世にあるピカピカ光るものはすべて黄金ですか?
それを集めると天国へ行けますか?
お店が閉まっててても、言葉ひとつで売ってくれるのですか?

おねえさん、教えて下さい
壁に書いてある言葉をそのまま受け取るのは間違いですか?
小鳥のさえずりにさえ幾つもの意味を感じるように
すべての言葉にたくさんの意味を感じなければならないの?


とまあこんな感じに意訳して語りかけ調にしてみたのである。

皮肉にも、これを読んだ当のDJ女史は「今まで読んできたどの訳詞よりもよく出来ている!」と感心してくれたが。

ロバート・プラントが書いたこの歌詞もまた簡単な脚韻を踏んだ一種の四行詩であり、ノストラダムスのそれと同じやり方で訳していったほうが意味はわかりやすい。

まあ、たいした意味はないのだが。

一貫した「意味」のようなものがあるとすればレディ(おねえさん)がすべて輝くのものが黄金になると示すtune(=変化)と、我々が熱心に何度も耳を傾ける音楽(tune)を引っ掛けて、「音楽こそが現代に残された唯一の錬金術である」と言っていることくらいか。

なお、この音楽万物説というべき発想は、アレスタ・クロウリーなどと共に60年代イギリスの若者に支持されていたルイズ・スペンサーの本『Magic Arts in Celtic Britain』に何故かそのまま登場するらしい。きっとロバート・プラントはそこから持ってきたのだろうし、プラントに彼の本を薦めたのはおそらくはジミー・ペイジでないかといわれている。

レッド・ツェッペリンもまた今まだ神格化され聴かれているバンドのひとつではあるが、やはり曲詩ともに純化してゆくのはこのあとの「聖なる館」以降ではないか。自分もレッド・ツェッペリンの最高傑作は「プレゼンス」ではないかと思う。このへんのことをマニアと語りだすと限りがなくなるのだが。

0602251854
(初出2002.04.25 『人生の一日』に冒頭部分を追加)

2006年2月18日土曜日

060218 いわゆる「堀江メール」の信憑性

どう考えてもウソくさい。自分も「ホリエモン」のブログを読んだりしているし、以前堀江貴文からの本物のメールを読んだことがあるが、あのメールに書かれている文章はどう考えても堀江貴文のメール文体ではない。99%とは言わないが90%くらいは自信をもっていえる。

それ以前の問題として、仮に堀江が部下に送金の指示をするのならばなにも担当者にあんな危ない内容のメールをする必要はないだろう。

それこそ宮内にこと細かく指示して、担当者には「宮内の指示に従うように」とメールすればいいだけだ。

民主党の人間というのはこんな簡単なことすら判断もつかない阿呆の集団なのだろうかね。

もしその問題のメールを見て「ガセネタ」と思わないならば、そっちの神経の方がどうかしているだろう。(思ったことをそのまま口にしていいかどうかの判断は別にしても、ちゃんと「ガセネタ」と言った小泉首相の方が一般的な感情からいえば正常である。)

永田という議員のことは良くは知らないがあの国会(しかも予算委員会だぞ)での発言を見た限りでは最近の若手のオカルティーとそのままイメージが重なる。「MJ12」とか「竹内文書」とかなんでもそのまま信じてしまいそうだ。

「言論封殺だ!」などと軽軽しく言わないでもらいたい。言論の自由には責任と義務も伴うのである。まずその責任をまっとうせよと言っているだけだ。

そういえばここの前原代表という人間もかなりのオカルティーのようだ。予算委員会の直後に「かなり精度の高い情報だ」と言っていたがそれはどういう意味なのだろう。

本物か贋物かが問われているというのに精度もクソもないのだが。

つまりその時点では自分の目でその本物のメール(と呼ばれているものを)確かめておらず誰か側近の話を真に受けて発言したということか。だとしたらこの前原代表も対した根拠もなく発言していているわけで「ガセネタ」と発言した小泉首相よりも相当程度が低い。

なんにしても民主党は、党を挙げてこのメールを手がかりにして自民党に対して攻撃を仕掛けるようだしそれはそれでいい度胸だと思うし見物だとは思う。間違いでした。すみませんで済む話ではない。永田議員の辞職どころか代表のクビまでふっとぶなこりゃ。

これから先はあくまで自分の想像だけで書くのだが、もしかしたら民主党はまったく別のルートで武部幹事長の二男と堀江がどこかで深くつながっているという情報を得て、武部の二男の所有する銀行口座を議会の決議権かなんかで全部開示閲覧できればそれが明らかになると踏んで、あえてこのような出所不明なメールを持ち出して来て永田議員に質問をぶつけさせたのかもしれない。まっあくまでもこれは自分の推測だが。

推測だけならなに書いても自由でしょ。

2006年2月10日金曜日

ピーター・ゲイブリエルが変えた音楽世界とは 1


それでそのジェネシスを脱退したピーター・ゲイブリエル(以下PG)が最初から順調というわけではなかったようだ。

いまのところ唯一ともいうべき評伝からもカットされていることなのだが、当時契約のあったカリスマレーベルとの確執からレコード何枚分ものデモテープが闇に葬り去られ、契約履行のためだけとしか思えないギクシャクとした内容のファーストアルバムがリリースされたのは77年の8月である。

このアルバム、通して聴くとA面の一曲一曲のセンスの良さとB面のだらしなさがまるで別人のものじゃないかと疑いたくなるくらい離反している。

なんでも、カリスマ・レコードが用意したプロデューサー、ボブ・エズリン(このあとピンクフロイドの『ザ・ウォール』を手がけている)との確執が空中分解してこのような出来になったといわれているが。

さて、個人的なことになるが、自分がPGを真剣に聞きだしたのはこのアルバムからであった。

当時親しかった女の子がジェネシスの熱狂的なファンだったので、ジェネシスはだいぶ前から聞いては(聞かされて)いたのだが、正直、たまーに良い曲はあるのだが全体的にダラダラとした長い曲ばかり続き、それもELP信者(!)の耳にはどこか生温い感じがするものばかりだったのでジェネシス=PGに対してさほど興味はなかったのだが。

が、このアルバムのA-2「ソウルスベリー・ヒルズ」A-3「モダン・ラブ」をはじめて聞いたときは(たぶんNHKFMの渋谷陽一の番組だと思うのだが)「嘘だろ」といいたくなるくらいだった。

それくらい今までのPG=ジェネシスの音楽とは違うものだっだ。

自分がジェネシスに感じていた疑問というか不満を吹っ飛ばすに充分すぎるくらいのインパクトであった。

トム・クルーズの映画「バニラ・スカイ」でも使われていたが、「ソウルスベリー・ヒルズ」の持つリズムの軽快さ、メロディーの力強さ、寓意性に富んだ言葉はイギリスから遠く離れた日本に住む18才の少年にも確実に伝わったのである。

今では信じられないことだが、当時の洋楽ファンはミュージシャンが動く映像なんて滅多やたらに見れるものではなく、それこそNHKテレビでたまにやる「ヤング・ミュージック・ショー」(なんちゅーネーミングセンス!)で見れるくらいで、しかも当時の仙台なんかでプログレ関係の音の出る動く映像なんてめったやたらに見れたものではなかったのだが、ときどきヤマハやサンリツ(!)で行なわれたフィルム上映会には飛びつくように通っていたものである。

どっちだったかは忘れたが(上映後、下のスタジオにハウンドドッグの大友康平氏がいたのでたぶんヤマハホールだ)そのフィルム上映会でPGのプロモフィルムを見ることが出来た。

あの世界的な大変革を呼んだといわれている「モダン・ラブ」のプロモフィルムである。

アメフトのプロテクターやフェンシングのマスクを身につけたPGが、動く歩道の上で口パクしているだけの、今では「ぷっ」と吹き出しそうになるような、チープな出来ではあったが、当時としてはかなり完成度の高い「一曲のためだけのプロモ・フィルム」で、PGのシアトリカルな演技力もあり、自分はそのちっぽけなスクリーンな映し出された映像に釘付けになってしまったのである。

しかし場内の反応はイマイチであったようだ。いや、詩の内容がわからないと、なんでこんなことしてるのかさっぱりわかんないからなんですけどね。

しかし、このPGの「モダン・ラブ」のプロモフィルムに釘付けになった男が実はアメリカにもいたのである。

そしてそれが時代を大きく動かすとはまだ誰も知る由もなかったのであるが。
(続く)
http://jp.youtube.com/watch?v=FhVvam48_CI

http://jp.youtube.com/watch?v=HdrpT9ISLC8

0602100005

2006年2月9日木曜日

そして三人が残った というか、やっとS・ハケットが抜けたジェネシス

ジェネシスってピーター・ガブリエルがいたころは曲が長かったりでつまらなかったけどガブリエルが抜けてフィル・コリンズがリーダーになってからはポップになって売れた・・・」

なんて言っている人間は、まずまちがいなくただの聞きかじりの知識だけで喋っているだけで、実際にジェネシスなんてまともに聞いたことはないはずだ。

(自分をP・ガブリエルの熱心なリスナーであると知って)目の前でそんなことを口走る人間は多かった。

そんなときは「それでは『トリック・オブ・ザ・テイル』と『静寂の嵐』のつまらなさはどう説明するのかね?」と逆に聞くことにしていた。

するとまあだいだいの人間は口篭ったり、黙ってしまった。

つまり聴いたこともないし知らないのだな。

ジェネシスのメンバー変遷を軽くおさらいすると、74年『眩惑のブロードウェイ』を発表した直後、リーダーでありボーカリストだったピーター・ガブリエルが脱退する。

その後、ジェネシスはライブアルバムと上記二枚のアルバム、計3枚のアルバムを発表して、オリジナル・メンバーのひとりだったスティーブ・ハケットが脱退した。それが78年のことであった。

その直後にリリースされたのが世界的な大ヒットになったB6を含む、この「そして三人が残った」である。

つまり上記のようなことを言う人間は本来ならば「ジェネシスってスティーヴ・ハケットがいたころは曲が長かったりでつまらなかったけど、ハケットが抜けてフィル・コリンズがリーダーになってからはポップになって売れた。」といわなければならないのだ。

時間軸をはっきりさせておくとこうなる。

ジェネシスが「トリック・オブ・ザ・テイル」を発表したのは76年。ガブリエルが初のソロ・アルバムを発表したのは77年。

そしてジェネシスからスティーヴ・ハケットが抜けて「そして三人が残った」がリリースされたのが79年、と常にジェネシスは(抜けたリーダーの)ガブリエルの後を追うような形でポップなスタイルを確立していったのである。決して逆ではない。

とはいえ、ソロになったスティーブ・ハケットがその後低調かというと、実は精力的な音楽活動を続けており、そのほとんとがギターソロのアルバムなのだが、その卓越したテクニックと曲作りの上手さという点で今でも高い評価を保ちつづけている。

思えば、ガブリエル時代のジェネシスの最大の欠点は、その民主主義というよりも悪しき平等主義がもたらした弊害にあった。

端的に言うと、スティーブ・ハケットによるギターのソロパートというものを強調しすぎることであり、メンバーの誰もがそれに歯止めをかけられなかったことなのである。

そういう意味ではピーター・ガブリエルは無能なリーダーだったと言えるかもしれない。

案外アンソニー・フィリップスあたりがリーダーシップを取ってれば抑制のとれた曲を量産するアメリカ市場向けのポップバンドになっていたかもしれない。

実際、『アバカブ』の中からシングル『ノー・リプライ・アット・オール』がアメリカで大ヒットするとほぼ同時にヨーロッパでのジェネシスの人気は停滞し、下降気味になってしまった。


この『そして三人が残った』からのシングル『フォロー・ユー、フォロー・ミー』はジェネシスにとって最後の全ヨーロッパ(だけの)大ヒット曲。

この曲がピーターガブリエルの『ソウルスベリー・ヒル』にインスパイヤされたものであることは当時誰もが感じたはずだ。

実際、フィル・コリンズはその前後「あの曲」という言い回しでガブリエルの曲からの影響で出来た曲であることを暗に認めてしまっていた。

この曲の全ヨーロッパでのヒットとして有名なエピソードとしてひとつだけ挙げる。

フィギアスケートの女王、スイスのデニス・ビールマン(あのビールマン・スピンで名を残したのビールマン)がエキジビジョン(最終日)では、どのヨーロッパの、どの大会でも必ずこの『フォロー・ユー、フォロー・ミー』を使っていたくらいだったのである。

まずこの曲が流れはじめるとどの国でも観客は総立ちで大喝采になっていたものだった。

こういった誤解はその他にもかなり多い。そのほとんどは、今更その誤解を指摘してみてもしかたのないことではあるのだが、たとえば洋楽専門のラジオのディスク・ジョッキーでどう考えても自分と同年代の人間がこういう基本的なミスを犯していたりするのを見聞きすると、なんとなくだが自分の(無力の)せいのような気がしてならないことがあるのだ。

かなり夜郎自大な感覚ではあるが。



FOLLOW YOU FOLLOW ME
Written by Tony Banks/Phil Collins/ Mike Rutherford


Stay with me,
My love I hope you'll always be
Right here by my side if ever I need you
Oh my love

In your arms,
I feel so safe and so secure
Everyday is such a perfect day to spend
Alone with you

I will follow you will you follow me
All the days and nights that we know will be
I will stay with you will you stay with me
Just one single tear in each passing year

With the dark,
Oh I see so very clearly now
All my fears are drifting by me so slowly now
Fading away

I can say
The night is long but you are here
Close at hand, oh I'm better for the smile you give
And while I live

I will follow you will you follow me
All the days and nights that we know will be
I will stay with you will you stay with me
Just one single tear in each passing year there will be

I will follow you will you follow me
All the days and nights that we know will be
I will stay with you will you stay with me
Just one single tear in each passing year...


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2006年2月8日水曜日

ピート・シンフィールド 「stillusion (Still+Illusion」

sideA
1:The Song Of The Sea Goat
2:Under The Sky
3:Will It Be You
4:Wholefood Boogie
5:Still
sideB
1:Envelopes Of Yesterday
2:The Piper
3:A House Of Hopes And Dreams
4:The Night People





(上がオリジナル『Still』下が再発されたCD『stillusion』のジャケット)






レコード・CDの整理をしていて困るのが同じものが何枚も出て来たときだ。ひどいときなど、エマーソン・レイク&パーマーの「展覧会の絵」がアナログ盤が3枚、CDが3枚も出て来て処分に困る以前に自分の記憶力のなさに絶望的になったことがある。

逆に持っていたはずなのに探したら出てこないというのもある。大概の場合、ひとにやっちゃってそのままになっているとか、なんとなく売っぱらっていたのにそのことを忘れていたりしていた場合だ。Windows95以降は手持ちのレコード・CDをリスト化したのでそういう間違いはなくなったが。

ただ困るのが、昔昔の古いレコードがCD化されたとき、ボーナストラックがあったり、逆に削られていたりで収録曲が違っている場合どうするかで、今のところこれといった解決策もないままずっと二重持ちしていたりするものが何枚(十何枚?)もある。



自分がピート・シンフィールドの唯一のソロアルバム「still」を初めて買ったのは高校3年のときの7月9日。それは今でもはっきり覚えている。何故かというと自分の誕生日であるからだ。平日の午後、夕方近くに近所のサンリツというレコード屋でこれを買って家に戻る途中、同級生だった近所の女の子が自宅近くで立って待っていた。手紙を手渡された。「誕生日のプレゼントかなー」と思って礼を言うと、彼女は何か深刻そうな面持ちのままで脱兎のごとく走り去ってしまった。

家についてからその手紙(封筒)を開けると、それはその同級生からのものではなくて、当時交際していた女の子からのもので「これからことを考えてもう会わないことにしましょう」というお別れの手紙だった。

今でもこれを聞くと当時の情けない気持ちが蘇ることがある。

はじめてこのアルバムを聴いたというか聞かされたのはもっと前だった。強制的に聴かされたといっていい。英語の歌詞が珍聞漢文だったこともあるが、日本語の訳もまたわけのわからないもので「で何がすごいの?」と聴かせてくれた相手に尋ねたのだったか。それとも単にそう思っただけで実際には言わなかったのか、そのあたりの記憶もあいまいだ。

幻想的なカバーイラストと柔らかなピンク色が印象的なとても上品なジャケットで、叙情的な歌詞と完成度の高い作品が並び、ただピート・シンフィールドのボーカルの弱さ(はっきり言って下手)を除けば良いアルバムではないかと思う。全編最初からグレック・レイクやリザードみたいにジョン・アンダーソン、あるいは当時付き合いのあったブライアン・フェリー、PFMのフラビオ・プレモリあたりに歌わせればよかったはずなのだが。

それでも、いまこのCDを聴いても、このシンフィールド自身によるボーカルで歌われる歌詞を耳にしただけで、当時心に浮かんだものがよみがえるのだから音楽(曲+詞)のチカラは侮れないだろう。

特にタイトルチューンの「Still」のもつ言葉のマジック(技法的には単純なものだが)
高校あたりの教科書に採用しても良いんじゃないのかと思うくらい普遍的で深い。



Still...(Pete Sinfield)

Still I wonder how it is to be a stream,
From a dark well constant flowing,
Winding seawards over ancient mossy wheels
Yet feel no need of knowing?
Still I wonder how it is to be a tree,
Circled servant to the seasons,
Only drink on sky and rake the winter wind
And need no seal of reasons?
Still I wonder why I wonder why I'm here
All my words just the shaft of my flail
As I race o'er this beautiful sphere
Like a dog who his chasing his . . .
Tailors and tinkers, princes and Incas,
Sailors and sinkers, before me and like me . . .
Still I wonder how it is to be a bird,
Singing each dawns sweet effusions;
Flying far away when all the world has stirred
Yet seek no vain conclusions . . . . . .
Still I wonder if I passed some time ago
As a bird, or a stream, or a tree?
To mount up high you first must sink down low
Like the changeable tides of the
Caesars and Pharoahs, prophets and heroes,
Poets and hobos, before me and after me all the
Painters and dancers, mountainside chancers,
Merchants and gamblers, bankers and ramblers,
Winners and losers, angels and boozers,
Beatles and Bolans, raindrops and oceans,
Kings, pawns and deacons, fainthearts and beacons,
Caesars and Pharoahs . . . . . .

後半でらでらと並べ立てられる、対比としてのふたつのものの中に、いきなり「ビートルズとボラン(マーク・ボラン)」が出てきたりして、これはなんかに似ているなと前々から思っていたが、ジョン・レノンが1970年に発表したアルバムの収録曲「GOD」の中でジョンレノンが「信じない」として列挙した、ありとあらゆる心象事象のなかに突然「ジマーマン(ボブ・デュラン)が出てくるのとよく似ている。

ジョン・レノンのこの曲もまた私たちがノーとしなければならないもののなかに「GOD(もちろん神のことだよ)とともにオカルティズム(心霊信仰という意味での)を挙げている。

なるほどなるほど。そうしてみると、当時ロックの世界では当たり前のように臨在していた「神秘主義」をこうして「ノー」であるとはっきり否定する作業というのはむしろ必要なことだったのかもしれない。



今から12~3年前のことだが、目黒本町のビデオ店の店長だったころ、アルバイトのMという男が「ピート・シンフィールドのスティルがCDになったんで買わないか?」といって来た。いや、正確な言い方をすれば「自分も買うのだが一緒に同じ物を買ってくれないか?」と頼まれたのだ。今までいろんな頼まれ事をされてきたが「一緒に同じCDを買ってくれ」と頼まれたのはこれが最初で最後だ。

というわけで買ったCDのタイトルを見ると「stillusion」になっていた。しかも、マンティコアのマークはついていたがオーストリアのvoiceprintという聞いたこともないレーベル。曲目と曲順は

1:Can You Forgive A Fool
2:The Night People
3:Will It Be You
4:Hanging Fire
5:A House Of Hopes And Dreams
6:Wholefood Boogie
7:The Piper
8:Under The Sky
9:Envelopes Of Yesterday
10:The Song Of The Sea Goat
11:Still

つまり単純に言えば1と4の2曲が増え、オリジナルに入っていた9曲の順番をまったく組替えたということになる。けっ、なんちゅー面倒なことしてくれたんだか。したがって今だに(Still)私はこのCDとオリジナルのアルバムが同じ物とは思えずにいる。聞けば数年前やはりオリジナルのStillがそのままの曲順と曲数のまま復刻再発されたという。私がどちらを薦めるかといえばやはりオリジナルの方である。

06.02.08.11:37

2006年1月25日水曜日

似非科学との対峙 12才少女の死を悼む  (再掲/重複)

前もちょっと書いたが、20年以上も前、自分は「波動」を研究しているというサークルに勧誘されたことがあった。当時の仕事仲間のひとりが以前所属していた広告制作会社のディレクターだったかプロデューサーの女性が自分のサークルへの入会を迫ってきたのである。
こうなったのには自分にも多少の責任があった。以前自分が語った「UFO目撃談」が伝言ゲームよろしくかなり歪んだ形で彼女らの耳に届いたようなのだ。

自分のそのUFO目撃談について説明するが、東京から仙台に車で移動中、那須塩原あたりで中空に浮く鉛色というか鈍く銀色に輝く物体を見たという体験である。ちなみに同乗していた他の5人は誰ひとりそれを目撃していない。
もっと言ってしまえば、その前の2日間、自分はほぼ不眠状態であった。UFOはその極度の精神状態がひきおこしたある種の幻覚であろうと思われる。

オカルト肯定派のなかには、「自分は見た」ということを根拠にしてオカルトの実在を説く人がかなり多い。かなり自己愛の強い考え方である。まず疑うべきはまず自分の視覚・聴覚といった感覚器官であるという第一鉄則は通用しないらしい。実際に、病気の苦しみや死への恐怖は幻視や幻聴といった幻覚を人に見させるものなのである。

自分はその「UFO目撃体験」を、安易なオカルト志向をやんわり否定するために例として挙げて何人かに語っていたのだが、伝言ゲームのどこかで後段が抜け落ち、ただ単に「UFOを見た」話として彼女らに伝わったようだった。

「もう無理しなくていいのよ」というその女性には、自分がそのUFO目撃体験をひたかくしにしているとの誤解があったようだ。
「ちゃいまんがな、わいは別に隠してんとはちゃうがな(´・ω・`)」
自分の中の似非関西人が彼女に突っ込みをいれた。自分がそれをあまり声高に言わなかったのはその場にオカルト肯定派がいたならばという可能性を考えての遠慮である。

「波動」というものが、その考え方の奥底にある危険性については何度となくいろんなところで書いてきた。重要なのは本来科学的な分野では平等に扱うべき「こころ」の問題に対してやたら優劣をつけたがることだろう。でなければ「高貴な波動」とか「悪い波動」などというフレーズがなんのためらいもなくポンポンと出てくるはずがない。どこかで大切なものが抜け落ちてしまっているのである。

あまりにも有名になってしまったが、「冷蔵庫の中の納豆」という話がある。
ある人が2つのパック入り納豆を冷蔵庫の中に置いた。ひとつには手かざしかなんかで良い波動を与え、もうひとつには悪い波動を与え、3ヶ月放置したという「実験」だ。

結果、良い波動を与えた納豆は醗酵が進み、悪い波動を与えた納豆は腐敗したのである。
そしてこれはまぎれもない「科学的な事実」なのである。

この話のレトリックにお気づきであろうか?
実は科学の分野では醗酵と腐敗はまるっきり同じ現象である。ただ単に人間に役に立つものを「醗酵」と呼び、役に立たないものを「腐敗」と呼び分けしているだけなのだ。また、納豆は冷蔵庫のような冷暗な場所にほっといても自然に醗酵(腐敗)してゆく。それだけなのだな。

問題なのは、それを良いとか悪いとかの二分化ディバイスメント(装置)を働かせる基準が「人間の感性」だということなのだが。

さて、その「サークル」の主催者の女史に呼び出しを食らった自分は、その女史に「波動」なるものの「科学的説明」を受けたのだが、その「科学的」と称するもののなかに多数あった矛盾点を挙げて「科学的な」説明を求めたのだが、結局彼女は口を濁して「それは今研究の分野だから・・・」「専門家の説明では・・・」と逃げるだけであった。彼女のいう「科学」というのは、あくまで自分達の内側だけで通用する一種の方言でしかなかったようだ。

私は業を煮やし最後に彼女に対してきつく迫ったのである。「何をやろうと構わないが自分達の活動のために『科学』という言葉は絶対に使うな」と。彼女と私のやりとりをそばで聞いていた何人かはそれで目が覚めたのか、後日ひとり抜けふたり抜けした。

さて、その後そのサークルはテナントビルを借り、「研究所」という看板を出したりして活動を続けていたのだが、あるときを境にその内部は変化していったようで、最後は主催者とふたりの女性だけの三人だけとなり、そのまま、『波動思想』を取り入れた新興宗教にまとめて入信してしまった。

簡単に言えば内ゲバである。ディスカッションを続けているうちにその『波動』に対する考え方の違いがあきらかになり、ふたつの派に分かれての深刻な対立から、ごそっと人間がまとめて抜けてしまったのだ。

どこかで聞いた話だとは思わないだろうか?そう、連合赤軍事件そのままなのだ。実際に人を殺すか殺さないかの大きな違いはあるが、本質的にやってることは同じである。

ジェイムス・ランディのオカルト叩きの本や、元FBI捜査官の回顧本によると、単なる趣味のニューエイジ系のサークルが質的に変化し、危険思想=カルトになるのは、まずまちがいなく「研究所」のような施設を持ったときからだそうだ。

リアルなエステート(不動産物件)を維持するめに金が必要になるからだ。そのために強い共通認識が生まれるのはいいのだが、異分子は排除され、どうしても思想は純化されてカルトになってゆくのである。

最近、ある波動系の人のHPを見ていて不謹慎ではあるが思わず笑ってしまったことがあった。友人達と研究所を立ち上げたときの苦労話を語っているのだが、「~まるでなんかの新興宗教と誤解されそうで~」とさらりと言ってのけているからだ。自分達が新興宗教をやっているという認識はゼロのようだ。実はこれこそが恐ろしいことなのだが。

こういった似非科学=宗教による犠牲者がまたも出た。重い糖尿病に苦しむ12才の少女がある宗教施設に送られ、絶対必要なはずのインシュリン注射をせずに放置されたのである。
逆算して今考えれば「なんて馬鹿なことを・・・」と思うであろう。誰でも。そういうまともな判断力を失わせてしまうのがカルトの恐ろしさなのである。だからと言って弁護する気にはなれないが、その死んだ12才の少女の母親もまた、娘の重病のために心神が普通の状態でなかったのだということは想像に難くない。

そしてこれはなにも「特殊な事」ではなく今でもどこかでこのような似非科学の衣をまとったカルトは心の弱った人に取り付き同じようなことをさせているのである。
『波動』という言葉を見て甘く考えてはいけない。第二のオウム事件、ライフスペース事件の芽は確実に残っているのである。



(リクエストにより再掲します)2006.01.21
(都合により重複です)2006.01.24

<初出『人生の一日』旧05.07.21>

「ニセ科学」とどう向き合っていくか? 日本物理学会、3月に松山でシンポ
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200601050043.html(削除)

似非科学と宗教の狭間
http://blog.livedoor.jp/akgoodco1224/archives/321261.html


0601250152

「水からの伝言」に耳を傾ける人たち  (重複)

「ニセ科学」とどう向き合っていくか? 日本物理学会、3月に松山でシンポ
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200601050043.html(元記事は削除済)

この記事中に出てくる「水に優しい言葉をかけると美しい結晶ができる」と書いてあるのは
おそらく江本勝の一連の写真集のことだろう。

自分がまだ下北沢の事務所で仕事をしていたころだから99年(6・7年前)のことだと記憶しているが、事務所にいたアルバイトの女の子が「ヴィレッジ=ヴァンガードで売ってた」といって持ってきたのを見せられたことがあった。

出版社の名前が「波動教育社」というのもスゴいが、文章のあちらこちらに散見するアヤシさからこれらがいわゆる科学とは無縁の心霊写真やUFOの写真同様「捏造された」写真だなとは感じた。そのときは説明できなかったが。

あとでインターネットやなにやらで調べて、これらの写真が、氷が溶けたときに出来る「チンダル現象」であり、水の結晶というよりもやはり氷の(隙間に出来た)結晶(の抜け殻)と呼ぶほうがふさわしいと気がついたときにはほっとしたものだ。というか第二弾の写真集にはちゃんとそのことに言及されていることを知ったのは割と最近である。

むしろ問題にすべきは、水に「ありがとう」という優しい言葉を掛けると「美しい結晶」になり、バカヤロウなどの汚い言葉を掛けると「汚い結晶」になると言ってることだろう。
それではビートたけしが愛情を込めて「バカヤロウ」と言葉を掛けるとどうなるのだろうか、とか、水は紙に書かれた文字を読むというが、では紙に「きれいなウ〇コ」と書いてみせたら水はどう結晶化するのだろうかとか、山田花子の歌う「明日があるさ」を聞かせたらどうなるのだろうとか想像は膨らむばかりだ。

まあ冗談はさて置き、最近仙台の某大手書店に立ち寄ったときこれらの写真集が大々的に平積みにされ特集コーナーが組まれているのを見た。あまり良い気分ではない。文句を言う筋合いではないのだが。

こういう問題を取り扱う分野についてあれこれ言うと「無粋な奴」とか言われるのは承知の上であえて言わせてもらうが、こういった写真集の方がむしろ「人間の精神」であるとか「心の問題」を侮辱している行為である。本来もっとデリケートに扱わなければならない問題を、嘘っぱちの捏造写真にからめて語るほうがよっぽど人間の精神や心というものに対する背信的な行為だと言っているのだ、違うだろうか。

「精神」であるとか「こころ」について語るのは良いとして、なぜそこに「人の心に反応する水」であるとか「水の結晶」を持ち出さなくてはならないのだろう。自分の中にもある「精神」であるとか「こころ」さえ矮小化され語られているような不快感を覚える。

さらに、このような捏造された写真を「科学的」と称して、「美しい心を持ちましょう」とか道徳の教育に使うとすればそれは二重の意味で犯罪的な行為と言える。

秋田の伝統行事に「なまはげ」というのがあるが、「悪い子はいないか」と包丁を振りかざす鬼の存在が子供に対してしつけと教育になっているからといって「鬼は本当にいるんですよ」と真剣に包丁を振りかざし年に一度やってくる鬼の実在を触れ回っていると同じじゃないの。

いつの間に日本の教師供はここまでキケンな存在に落ち果てたのだろう。子供たちに語るべき事、言葉はもっとあるだろうに。邪推になるが、こういった写真集を使った方が楽だろうし、ある意味責任逃れにはなるな、ということだ。

今度冬季オリンピックの行なわれるトリノのヨハネ大聖堂教会には「キリストの聖骸布」と呼ばれるものがある。ゴルゴダの丘で磔になったキリストの遺体が包まれたと言われていた布だ。この布の科学的な分析(炭素14による測定だったか)が行なわれた結果、布自体は99%の確率で1200年代から1300年代に作られたものであることが今でははっきりしている。

だが、果たしてこの結果から「キリスト教」そのものが嘘っぱちであると説いた者はいただろうか?あるいはこの布がニセモノだと判明したからといってキリスト教を離れた信者はいたのだろうか?

そもそも、このニセの聖骸布がなにものであったとしても、キリスト教そのものに対する人々の考え方は少しもかわっていないのである。糾弾されるべきはこのニセもの聖骸布を布教の材料に利用するためにウソの鑑定をした学者である。あるいはウソと知りつつそれを隠したままキリストの奇跡を口にする人たちであろう。

私からすれば、これらの水の結晶写真を「科学的」であると宣伝したり、盲信したりして「人間のこころ」にからめて語る人たちこそキリスト教における背信者と同じにしか見えないのだが。

元記事全文(元記事削除のため記載)

日本物理学会(約1万8千人)が3月に松山市の愛媛大で開く学会で、「ニセ科学」について議論する。これまでは「相手にしない」姿勢だったが、「社会的な影響は無視できない」として、シンポジウムを開いてどう対応すべきか考える。研究者が集まる学会の場でニセ科学がとりあげられるのは珍しい。 / シンポを企画した田崎晴明・学習院大教授(統計物理学)によると、最近のニセ科学は「科学らしさ」を装っている場合が多く、オカルトや心霊現象にはだまされない人でも、「科学」として信じてしまう場合が少なくない。ニセ科学に詳しい菊池誠・大阪大教授(同)によると、「水に優しい言葉をかけると美しい結晶ができる」などとする珍説が、小学校の授業で紹介されている。/ シンポは学会最終日の3月30日に開催。「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」をテーマに、根拠がはっきりしない「健康にいい水」などの実例を紹介し、それらを生み出した社会的要因を考える。/日本物理学会の佐藤勝彦会長(東京大教授)は「ニセ科学を批判し、社会に科学的な考え方を広めるのは学会の重要な任務の一つだ」と話す。 /「ニセ科学」とは、(科学と擬似科学の境界付近にある位置づけの微妙な営みのことではなく)科学的に誤り(ないしは無意味)であることが明白であるにもかかわらず表面上は科学を装っている営みを指します。「ニセ科学」は、物理学の研究にはほとんど何の影響もないでしょうが、広い意味での科学教育を考えたとき強い影響力をもつおそれがあると考えています。/このシンポジウムでは、いくつかの典型的な「ニセ科学」の事例を紹介していただきながら、私たち物理学者が「ニセ科学」とどう向き合っていけばよいのかを考えるきっかけを作りたいと思っています。

0601250135

2006年1月22日日曜日

フリップ&イーノ 次のWINDOWSの起動音はこの中にある


キング・クリムゾン活動停止中のロバート・フリップとロクシー・ミュージックを脱退したイーノが、マッチング・モール2ndアルバム「リトル・レッド・レコード」レコーディング中に知り合い意気投合(意思投合かな、このふたりの場合)して作られた第一弾「ノー・プッシーフッティング」(左)とその翌年にレコーディングされた「イブニング・スター」(右)の二枚。

全体的に掴み所のない単音の繰り返しで、まともに聞こうとしたらイライラするか疲れるだけだと思う。自分は執筆中のBGMとしてイーノのソロアルバムはよく聞いていたが、このコラボによる二枚は避けていた。

仕事の質にもよるだろうが、効率とかスピードを求められる仕事のBGMとしては向いていない。「イブニング・スター」というタイトルから夜向きかというとそうでもなくむしろ朝まだ意識が朦朧としてはっきりしないときにこのCDを聞いていると「はやくシャキッとしなきゃ・・・」と思うことがあったので、そういう聞き方、使い方の方が正しいのかもしれないな。それは今もかわっていないと思う。

はじめてこの二枚を聞いたのは高校三年のころだったか。

そのころ自分が聞いているロックというジャンルの音楽のなかで―そのロックが内包しているいくつもの要因の中で―自分の中に一番強く訴えかけてきたのはハード・ロックの激しいビートであり、その真逆とも呼べるほとんど無音に近いような静謐(せいひつ)な「間」というようなものであったと思う。

ちょうどこのころ、親しかった女の子が病気に倒れ、明日をも知れぬ状態であったことと強く関係しているかもしれない。「なんとかしてあげたいが何も出来ない」自分というものに腹を立てて、かなり自暴自棄な日々を過ごしていた。

そんな自分にとってこの二枚は聞いてイライラするだけだった。まあなんというのか裸の自分と強制的に向き合わされる、自分の本質というものについて自省的にさせられてしまうからだろう。

というよりもそれは自分だけでなく、当時のほとんどの人間がそうだったのである。このフリップとイーノという当時ロック界の二大インテリが提示したこの音楽の形は先進すぎて、その意味すら理解し難いものであった。自分が多少なりとも理解できるようになったのはもっとあとのことである。

イーノの説明によると、聴き手の環境の中で生成された偶然がもたらす結果が重要なのだそうだ。最初は自分もそれこそ「なにそれ?」だったが、それこそ、「ある偶然の出来事」がきっかけでイーノの言葉について考えるようになった。

「ノー・プッシーフッティング」の音には、それこそタイトルどうり人間よりも猫のほうが異様な反応を示すのだ。昔あるとき、二階建ての二階の部屋でこのレコードから落としたテープ(時代を感じるな)を流していたら、窓の外から見える屋根の上で日向ぼっこをしていた猫どもが次々むくむくと起き上がり互いに顔を見合わせ不快感を露わにしてその場を去っていったのである。猫害にお悩みの方にはお奨めの一枚である。

20数年前、イーノのビデオアート展が赤坂で行われたときにイーノの講演会も催された。そこでイーノは黒板を使ってこの「不規則性という偶然がもたらす音楽」ついて珍しく熱弁をふるっていた。不規則性と偶然と、それを取り巻く環境、音楽(装置)が生み出す効果について。そこで彼がモチーフとして例にあげたのがこのフリップとのコラボによる二枚のアルバムだった。イーノにとってフリップの出すギターの音こそが当時それを具体的に表現するにもっとも適した身近なモチーフであったのだと。

それから10年後、WINDOWS’95という世界的にバカ売れしたOSの起動音を手がけたのはほかの誰でもなくこのイーノであった。再起動を何度も繰り返し、あの起動音を繰り返し聞いてて不快になった人も多かろう。自分もあの起動音を何度となく不快な気分で聞き、そしてふとあの時の猫どもを思い出した。

結局、音が不快なのではなく、再起動しなければならない事態が不快なのであり、ただ単に聞く側の精神状態を反映しているだけなのだと。20年掛かってやっとそこまでたどり着いたわけだ。
で、今自分のところにとんでもないニュースが飛び込んで来た。(矢追純一かよ)次のWINDOWSの起動音を手がけるのが一方の雄ロバート・フリップだというのだ。ああ、今すでに自分の頭の中にはあのギターのヒョロロローというという新しい起動音が鳴り響いているくらいだ。

いまからこの二枚のCDを聞いておき、新しいWINDOWSの起動音に慣れておくというのはどうだろう?損はしないと思うが。

するかやっぱり。
              06.01.22.17:30

2006年1月17日火曜日

事件の現場から~新生児誘拐事件報道で感じた違和感

今回の仙台で起きた新生児誘拐事件については考えることが多かった。

テレビの画面に次々と映し出される、事件に関係する「場所」を眺めながら感じたのは「違和感」であった。意図的に歪めたカメラアングルとBGM・効果音が「事件の現場」を演出していたからだ。
しかし、東京にいたころはテレビでニュースで自分がよく見知った場所が「事件の現場」として取り上げられていたりするのは普通によくあることで、その本来感じるべき違和感が麻痺していたのかもしれない。

仙台に移り住んで1年と少し。忘れかけてた違和感が蘇えったわけだ。~ オフコースの「眠れない夜」みたいだけど。

よく「劇場型犯罪」という言葉が使われるが、実はその責任と原因のほとんどはマスコミ報道にあるのだと思っている。唐沢悟ばりに揺れ動く映像と、過剰なまでの効果音・BGMは何のために必要なのだろう。そもそも、「報道」とは事実をそのまま伝えることではないのか。報道映像に意図的に何かを付け加えるのは「ヤラセ」である。現場にないものをさもあるかのようにみせかけているのだからな。

もうひとつ言わせてもらう。これはTBSの得意技のひとつだが、スポーツニュースでの実況風アナウンス、あれもやめてもらいたい。アフレコなのになぜわざわざ早口でまくし立てるアナウンスが必要なのだろう。そんなんで「臨場感」が演出できるとでも思っているのか?それとも「この試合、ウチの局で中継してたんですよ」と思わせたいのかい?
自分にはただの馬鹿にしかみえない(聞こえない)のだが。
日曜の朝、そんな「実況風アナウンス」を聞くたびに自分は番組に『喝!』を入れてる。
(了)

0601170024

2006年1月8日日曜日

最近、ノストラダムス関連の質問が相次いでますが・・・

今月の5日くらいから突然どかーんとメールの数が増えた。多くはノストラダムスの預言詩に関する問い合わせで「〇巻の〇〇番の詩を訳して下さい。」みたいなお願いだったりするのだが、中には「なんでおまえごときがノストラダムスの神秘に満ちた予言の意味が読み取れるのか」みたいな悪意の感じられるのもチラホラあったのだ。なんだろうね?この言い方は~みたいな。

まあ、いいけど。
同じ質問を飛鳥昭雄とか大川隆法あたりにもぶつけてもらいたいもんだと思うけど(笑)。

というか特に強い動機がなければ、ノストラダムスの預言詩をここのブログでは訳したりはしません。あしからず。

0601082155

2006年1月5日木曜日

「似非科学」と「宗教」の狭間

気になる記事があった。長いが全文引用しておく。

「ニセ科学」とどう向き合っていくか? 日本物理学会、3月に松山でシンポ

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200601050043.html

日本物理学会(約1万8千人)が3月に松山市の愛媛大で開く学会で、「ニセ科学」について議論する。これまでは「相手にしない」姿勢だったが、「社会的な影響は無視できない」として、シンポジウムを開いてどう対応すべきか考える。研究者が集まる学会の場でニセ科学がとりあげられるのは珍しい。 / シンポを企画した田崎晴明・学習院大教授(統計物理学)によると、最近のニセ科学は「科学らしさ」を装っている場合が多く、オカルトや心霊現象にはだまされない人でも、「科学」として信じてしまう場合が少なくない。ニセ科学に詳しい菊池誠・大阪大教授(同)によると、「水に優しい言葉をかけると美しい結晶ができる」などとする珍説が、小学校の授業で紹介されている。/ シンポは学会最終日の3月30日に開催。「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」をテーマに、根拠がはっきりしない「健康にいい水」などの実例を紹介し、それらを生み出した社会的要因を考える。/日本物理学会の佐藤勝彦会長(東京大教授)は「ニセ科学を批判し、社会に科学的な考え方を広めるのは学会の重要な任務の一つだ」と話す。 /「ニセ科学」とは、(科学と擬似科学の境界付近にある位置づけの微妙な営みのことではなく)科学的に誤り(ないしは無意味)であることが明白であるにもかかわらず表面上は科学を装っている営みを指します。「ニセ科学」は、物理学の研究にはほとんど何の影響もないでしょうが、広い意味での科学教育を考えたとき強い影響力をもつおそれがあると考えています。/このシンポジウムでは、いくつかの典型的な「ニセ科学」の事例を紹介していただきながら、私たち物理学者が「ニセ科学」とどう向き合っていけばよいのかを考えるきっかけを作りたいと思っています。
 
とまあ自分がしつこく行っている事が実現されるわけでめでたいめでたい・・・とばかりもいっていられない。それだけ事態は深刻なのだ。

民放テレビ関係者に改めて問いたいのだが、細木和子とか江原啓之とかを出して、根拠のない占いとやらで人の人生を左右するようなことをあたかも「真実を装って」語るというのは良い事なのだろうか?何か大きな勘違いをしてはいまいか。「信仰の自由」というのはある。ではオカルトもまた「信仰」なのか?だとすればひとつの信仰に偏向しているのは問題ではないのか?

少し今日は怒りをこめて プンプン!(さとう玉緒風に)


0601051315

2006年1月2日月曜日

ノストラダムス預言詩八巻十六番の訳と解釈

Au lieu que HIERON fait la nef fabriques.
Si grand deluge sera & si subite,
Qu'on n'aura lieu ne terre s'attaquer,
L'onde monter Fesulan Olympique.

イエロンが船を造らせる場所で
突然の大洪水が起きるだろう
あまりの凄まじさに攻撃する場所も土地も失ってしまう
水はオリンポス山 フィエーゾレにまで達する
(山根和郎訳)

のように普通、Olympiqueという言葉は「オリンポスの山々」あるいは「オリンピアの地」としか訳せない。なにせノストラダムスの十六世紀の時代オンピック(という競技大会は)なかったのだから。

想起されるは古代オリンピックでありそれが行なわれた場所くらいだろう。普通、デカラシップで音韻の束縛がなければこの場所に当てはまるのはフランス語のOlympieかolympienのどちらか。あえてギリシャ風の発音しか出来ないOlympiqueという言葉を当てはめたところがノストラダムスの全詩に通じる一種のスノップであるのだが、まあこんなことガチガチの肯定派に言って見たところで無駄だろうけれど・・・。
四行目自体、「波が Fesulan Olympique に登る」のだから(デカラシップの為という言い訳は可能だが)「オリンピックの年に」と訳するのはおかしなことなのである。あるとすれば、出来上がった「日本語訳」にあとで手を加えた場合くらいだろう。

さて原詩をもう一度詳しくみてみよう。

Au lieu que HIERON fait la nef fabriques.
Si grand deluge sera & si subite,
Qu'on n'aura lieu ne terre s'attaquer,
L'onde monter Fesulan Olympique.

HIERONは古代ギリシャ時代のシラクサ(シラキュース 現在はイタリアのシシリア島あたり)の王。普通日本ではヒエロンと読まれる。シラキュースは人口は少なく、その大帆船すべてに自国の民すべてを乗せることさえできるのではないかとさえいわれるほど大きな船を作る技術と造船所を持っていた。そして、その大帆船軍団でローマ帝国やカルタゴを相手に渡り合いつかの間の繁栄時代があった。そして、ヒエロン王が歴史的に名を残しているのはアルキメデスのテコの原理と浮力の法則の発見に登場するからである。

Fesulanは意味不明の、おそらくはノストラダムスによる造語。インターネットでこの言葉を検索してもこの8-16番関連のページしかヒットしないくらい。(笑)

Feulan=Fue+lance:火の筒先ではないかという説がある。
それだと、ノアの箱舟と合わせて、オリンポス山の頂上にいる神々の怒りと解釈出来て、確かに解釈しやすいし、座りもいい。

私は、単純に二行目との対比で「grand deluge(たぶんノアの洪水を指すと思われる)が突然やってきたならば(si)~」に対する「~であろう(予測未来)」のために用意された言葉で、波はオリンポスの山のどの程度に、(どの程度まで来るのか)を形容するための言葉だと思う。したがって「頂上」というのはは魅力的な解釈ではあるのだが・・・

一行目と三行目からは大帆船を作ることと、洪水の規模の大きさからやはり「ノアの洪水」を暗喩した表現だと取る。

ヒエロン王の大帆船工場にも
大洪水は起こるのである、突然に
その波の襲来は土地をすべて失わせ
オリンポス山の神々の怒りを静める
(拙訳)

解釈としては

かつてシラキュースの王として君臨したヒエロス王の作らせた大帆船でさえ
大洪水が突然押し寄せればすべての人が船に乗り込む場所もなく
船はオリンポス山の神々の怒りが解けるのを待つしかないのである。

つまり、神の怒り(を具現化した津波)の前に人間がいかに無力であるかということを表現した詩ではないかと思うのだが。(了)

0601021641