2007年1月6日土曜日

あけましておめでとうございます。

年明け早々横浜・東京に滞在していた。東京ではついに泊るところがなくなってしまいホテル暮らしである。なんかしっくりこないんだなぁ。東京でホテルっていうのがまだ。

夜の11時くらいまでは心のどこかで「まだ小田急(千代田線)の最終に間に合う」とか考えていたりする。


さて、年末年始と沢山のメールを頂いてそのままにしっぱなしである。この場を借りて御礼とお詫びを申し上げます。

中にはヘンなメールもだいぶ混じっていたが。

「悪運つきたか」みたいな感じのものには首を捻った。意味がわからない。運に悪も善もありはしない。そもそも「運」ってなんだ?

そもそも、自分のPCの故障そのものはもう直っている。常時接続できなくなったのは周囲の状況のドラスティックな激変のためである。それを指して「運」というのはなんかおかしくはないか?


はなしは変わる。横浜でかつての生徒のひとりに久しぶりに再会した。約5年ぶりくらいか。

「気」についての科学的な証明という話題なってしまった。年末にやっていたビートたけしの特番でそんなことをやっていたからである。不幸にも(幸いにも?)自分はその番組は見ておらずいったいどういう状況下で「気」そのものを科学的に証明したといっているのかはまったくわからない。が、大体は類推可能な範囲である。

我々が「気」と呼んでいるいるものの正体についてはまだなんも解かってはいない。これだけは動かしがたい事実である。

「科学的な証明」というのは、つまりは追試が可能ということだ。同じ条件下で同じ現象が再現できなければそれは決して「科学的な証明」とはいわない。

現実問題、いわゆる有名な「気功師」が繰り返し「気」の実存を証明しようと「実験」してはいるが「完全な追試」にはなったためしがない。

彼女がいうところの「プロレスラーでも倒してしまった」というのも、実は「気」の証明にもなんにもなってはいないのだ。

というのはあれは誰でも出来てしまうからである。そもそも人間というものは目を閉じたまま長時間立っていることが出来ない生き物である。二足歩行を手に入れた代償みたいなものである。ほとんどの人間は耳の奥にある「三半規管」で平衡感覚を保ち、目でもって微妙な傾きを感じ取りそれを補正して立っていることが出来ているだけだ。したがって目を閉じて立っているだけでほとんどの人間は前か後ろに倒れこんでしまう。必ず前に倒れるのは後ろに倒れたほうが怪我をするという経験から無意識に「前に倒れるほうを選んでしまう」のだ。

というか自分も若い頃にこのトレーニングをやっていた。というかやらされていた。普通の人よりはだいぶ長い長い時間立っていられるようになった。でも数十分が限界だ。それ以上はまずもって不可能なのだ。

一種の宴会芸としてこの技を披露したこともある。数人に目隠しをして立たせて自分が気を送る振りをする替わりに招き猫を置いておくのである。

全員が倒れこんだところで目隠しを取らせる。目の前に置かれた招き猫を見て全員が苦笑するのである。

そして二重の意味での思い込みに気がつくのだ。

「気」などというものがそうそう「操れる」ものではないということと、暗示にかかると招き猫を置かれただけでも簡単に倒れこんでしまうものだということに。

さて、誰かその年末のビートたけしの特番を録画したビデオがあったら送ってはくれないかな。誰がどうやってその「気」を送る実験をしたのか どういう具合に「証明」したのかがものすごく気になっている。


【追記】

そもそもが、ここでこんなことを書いたりしたことがジュセリーノ予言に対する批判に特化してゆくそのきっかけとなった。その記念すべき記事である。

その後この記事を見た知り合いのそのまた知り合いの「いちかわ・ひろし」さんの耳に届き、彼から番組を録画したディスクを送っていただきこの番組の内容の検証をしたのが「気の実験のビデオを検証する」という記事で、ジュセリーノの予言について触れたのはあくまでも「ついで」だったのだ。

そしたら肝心の「気」の実験の方はともかくも、二週間も経たないうちに「ジュセリーノの予言」に関するメールだけが毎日のように届くようになってしまった。

このころはまだジュセリーノの予言そのものものはさほど知られていなかったらしく、自分のこのブログでやっていることにはあまり誰も大きな関心を示さなかったころだ。

今振り返ってこの記事を読むといろいろな感慨がある。

変化もあった。

中でもその一番大きなものというのが、自分にあの番組の中での「気」の実験について話題を振ってきた元生徒の女性が結婚したことだ。

めでたいことである。

2007.12.27